第327話、アクアドラゴンは、お外に出たい


「来る時に、クラーケンとは遭遇しなかった」


 クラウドドラゴンは、アクアドラゴンの問いにそう答えた。


「アナタの口ぶりからすると、複数のクラーケンがいるみたいだけど」

『いるみたい、ではない! いたのだ!』


 咆えるようにアクアドラゴンが言った。


『あいつら、この島の周りに寄り集まって、海を封鎖しやがったんだ!』


 想像してみろ――と青きドラゴンは告げた。


『島よりでかい巨大な魔物が、島の周りに二十や三十も集まっている光景を……! 怖いだろう!?』


 ――こえぇ……。


 ソウヤは、クラーケンが埋め尽くす海を想像してしまい、苦い顔になった。ソフィアやイリクも青ざめている。


 巨大なタコの触手の先端にも満たない人間。そのサイズ差から考えたら、クラーケンが密集しているだけで、魔境も真っ青だ。


 渦を見て海は怖いと、気分が悪くなったリアハなどは、クラーケンの密集の光景など見たら卒倒しそうだ。


『一匹や二匹なら勝てるが、さすがに数が多過ぎだ。もう、あまりの光景に私は海が怖くなってしまった。おかげでどれくらい経ったかしらんが、ここに引きこもっている』


 ――アクアドラゴンは引きこもり。


 典型的な、外が怖い症候群のようだった。もっとも、アクアドラゴンの話が本当なら、引きこもらざるを得ないと同情できるが。


 クラウドドラゴンが淡々と聞いた。


「何が原因?」

『何だって?』

「クラーケンの大発生の理由」


 そもそもクラーケンのような巨大生物は群れない。ドラゴン以上に群れないのだ。だからそれが一カ所に集まるというのが、そもそも理解できないのだ。


『知るか! 私が聞きたい! なんであんなにクラーケンが発生して、しかも私のテリトリー周りに集まったのだ?』

「ワタシは知らない」


 クラウドドラゴンはそっけなく肩をすくめた。


「ただ、いまクラーケンはこの島の周りでは見かけなかったわ」

『本当か!?』


 アクアドラゴンが、灰色髪の美女姿のクラウドドラゴンに鼻を近づけた。


「嘘は言っていない」

『なら、脱出するなら今のうちだな! ……ああ、しかし、私は海に入らない!』


 トラウマになってしまったようで、海に入るのを体が拒むのだという。


『それに、だ。しばらく物を食べていない故、力も入らない……』

「なるほど。それで眠っていたのね』


 クラウドドラゴンは察した。水天の宝玉の交信にも応じなかったのは、引きこもってからの体力温存で眠っていたからのようだ。


 ドラゴンは、毎日食事しなくても平気な種族だが、物には限度というものがあるだろう。ドラゴンが空腹を訴えること自体、珍しいと言える。


『そこの人間たちは、食っていいのか?』


 アクアドラゴンが、クラウドドラゴンに聞いた。


 ――オレらが食い物に見えるってか!?


 さすがにそれはよろしくない。ソウヤは構えたが、クラウドドラゴンは即答した。


「ダメ。ソウヤは、ワタシに美味しい肉を提供する存在。それがなくなるくらいなら、アナタを見殺しにする」

『酷い!』


 アクアドラゴンは喚いた。


『仮にも同族ぞ。人間を私より優先するのか!?』

「アナタに、あの肉は提供できない。しかし、ソウヤと銀の翼商会にはできる」

『それを聞いたら、私もその肉を食べたくなった』


 アクアドラゴンは頭を上げて、ソウヤたちを見下ろした。


『その肉を献上せよ。さすれば食べずにおいてやろう』

「餓死しろ、アホ竜」


 クラウドドラゴンは辛辣だった。アクアドラゴンは目を剥く。


『お主、さっきから冷たいぞ? どうした?』

「アナタは自分の立場がまるでわかっていない」

『どういうことだ?』


 本気でわからない様子のアクアドラゴン。クラウドドラゴンはため息をついた。


「水のドラゴンのくせに、海に入れなくなったアナタは、ここから出られない。でも彼らは、アナタをここから連れ出せる手段を持っている。これはまたとない機会」


 後ろでイリクとソフィアが何事か話し合っている。ジンはドラゴンたちのやりとりを注視しているが、フォルスはよくわかっていないかキョロキョロしている。


「つまり、アナタを助けてくれる恩人。それを上から目線で威圧するなど、言語道断」

『……』

「態度を改めないなら、ここで餓死すればいい。ワタシたちは知らない」


 そう言うと、クラウドドラゴンは踵を返した。


「ソウヤ、一応無事は確認したから、帰りましょ」

「お、おう……」


 いいのかな――ソウヤは思ったが、そもそもここにきた目的がアクアドラゴンが魔族に利用されたりしていないかの安否確認なので、もう帰っても問題ないはずだ。


『ま、待て……クラウドドラゴン!』


 青きドラゴンが、その短めの腕を突き出した。


『お主、私を見捨てるつもりか!?』

「別に、四大竜と並び称されているとはいえ、友人でもないし」


 灰色髪の美女はそっけなかった。


『むぅ……』


 さっさと歩き出すクラウドドラゴンに、アクアドラゴンは唸った。


『あー! もう、わかった! わかったから! ……この私をここから連れ出して、ください……』


 青き竜の姿が、みるみる縮んだ。その姿は水色髪のツインテール少女のそれになった。


「……え、女の子?」


 人化を目の当たりにしてイリクが驚く。ソウヤもまた目を丸くする。


「アクアドラゴンって女だったのか……!」


 影竜の時もそうだが、人化すると印象がガラリと変わるものである。


「フン……この私の人化を見られるなんて、お主たちは実に幸運ね! 私の美貌にひれ伏すといいわ!」


 なにやら自信満々で胸を張るアクアドラゴンだが……。


 ――ちんちくりん……?


 少女体型である。背丈も低く、ロリとまではいかないが、伝説の古竜の一角と見るならずいぶんと若作りしたものだ。


 フッ、とクラウドドラゴンが嘲笑した。


「張る胸もなさそうだけど……美貌?」

「お、お主! 私を馬鹿にしたわね!」

「まあ、何でもいいわ。ソウヤ、ジン。これなら彼女も潜水艇に乗せられるわね?」


 クラウドドラゴンが話を進める。ソウヤは、アイテムボックスハウスのほうに案内する手もあると思ったが、この海底洞窟から連れ出すだけなら、そこまで見せてやる必要はないと思い直す。


「爺さん?」

「ああ、問題ない」


 成り行きを見守っていたジンは、胸に手を当て、アクアドラゴンに紳士らしく振る舞った。


「それでは、我が船で、貴女さまを島までお送りいたしましょう」

「ふむ、よろしく頼む」


 アクアドラゴンは、偉そうだった。ただ少女の姿だと、可愛らしく見えてしまうのは何故なのだろうか?

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