第325話、深海魚の襲撃
「どこまで潜るんだ……」
潜水艇オーシャン・サファイア号の操縦室。ソウヤは、魔法による補正で明るくなっている窓の外を見やる。
隣の操縦席のジンは言った。
「深度400メートル。見たところ、まだまだ深そうだ」
「クラウドドラゴン。アクアドラゴンは?」
「まだまだ下」
気配を探っているのか、瞑想するように目を閉じている美女姿のクラウドドラゴン。
「だいぶ、弱い……」
「ソウヤー」
フォルスが窓の外、上方を指さした。
「何か、こっちへくるみたい」
魔法補正で目視できるそれは、巨大な魚のように見えた。
「爺さん?」
「鯨の仲間ではなさそうだ。バカでかいピラニアみたいな顔だ」
「オレ、本物のピラニアって見たことないんだけど、あんなツラしてるのか?」
「似ているという話だ」
ジンは手元のパネルを操作する。
「さすがに全部ひとりでやるのはしんどいな。ソウヤ、魔力ソナーを見るか、操縦するか、あるいは応戦するか、どれがやりたい?」
「あれは敵か?」
「一直線に迫る巨大なピラニアもどきが、平和の使者には思えないがね」
「じゃあ応戦する! どうやればいい!?」
「いま、魚雷管に注水した――手元のミニモニターが、武器の照準装置だ。中央の十字線に敵を捉えたら、そのスティックのボタンを押し込めば、魚雷もどきが発射できる」
早口で説明するジン。その間にも、巨大ピラニアがグングン迫っている。
「こいつで狙えばいいんだな!」
操縦桿のようにも見えるスティックを動かし、照準用ミニモニターを目標の正面に捉えるように動かす。
「ソウヤ、その武器は誘導範囲が狭いから直接狙うつもりでやってくれ」
「オーケー、爺さん。船を動かさないでくれよ」
真っ直ぐしか飛ばない武器と考える。その場合、潜水艇の向きなどを変えられたら、せっかくの照準もズレてしまう。船は極力固定してもらう。
「距離200……もっと引きつけろ」
ジンが、索敵装置が割り出した敵との距離を見ながら言った。
「距離150――」
「もう撃つぞ!?」
「まだまだ、もう少し……」
ひゃあ――後ろでフォルスが息を呑む。イリクとソフィアも手に汗握りながら注視する。
「距離100――」
「爺さん……?」
「いまだ、撃て!」
ソウヤはボタンを押し込んだ。
オーシャン・サファイア号から、プシュッ、と音がして魚雷もどきが発射された。
「ソウヤ、説明を忘れたが、魚雷もどきが当たるまで、照準はつけたままにしておいてくれ」
そうなの――ソウヤはスティックを握ったまま、ミニモニターの十字線を巨大ピラニアに合わせたままにしておく。
真っ直ぐ向かう魚雷もどき。正面から迫る巨大魚は怯むことなく突っ込んでくる。
――うわ、あの歯、めっちゃ尖ってる!
巨大ピラニアが歯を剥き出した。潜水艇の装甲に穴を開けられそうな鋭利さ。魚雷もどき命中まで、3……2……1……!
爆発。墨を溶かしたような黒と、多数の泡が発生して、巨大ピラニアがバラバラになった。
「お見事。命中だ」
ジンが言えば、後ろの面々が安堵した。ソウヤもスティックから手を離せば、しっとりと汗をかいていた。
「倒せてよかった。あいつに噛みつかれたら、この船も危なかったんじゃないか?」
「かもしれない。そうならないことを祈るよ」
老魔術師はオーシャン・サファイア号をさらに潜らせる。
深度600メートルを超えたあたりで、見える景色に変化が見られた。
「明るい……?」
「どうやら底が見えてきたようだ」
ジンは言った。ソウヤは目をこらす。
「見間違いかな、海の底に光のようなものがいくつか見えるが――」
「海中の魔力が見えるように設定しているからね。魔力の吹き出しがあって、それが光って見えるんだろう」
「綺麗……」
ソフィアが前にきて覗き込む。フォルスも一緒だ。
「わぁー。キラキラァ」
海底でいくつもの光が見える。魔力に反応してそう見えるだけで、実際に明るいわけではない。
だがポツポツした光が、まるで田舎の夜景のようで、どこか幻想的に感じた。
ソウヤたちが、普段は見られない光景を眺めているあいだ、ジンはクラウドドラゴンに声をかける。
「アクアドラゴンの反応は、感じられるかね?」
「ええ……もう少し潜って、あそこに気配がある」
「海底洞窟か。なるほど」
ジンは、潜水艇をクラウドドラゴンが指し示した方向へと進ませる。だいぶ海の底が近くなっていた。
「バカでかい海の化け物と遭遇するかも、と思ったが、幸いそんなこともなかったな」
「おいおい、爺さん。やめろよ、フラグみたいだ」
思わずソウヤがツッコめば、ジンは笑った。
「ここにアクアドラゴンがいるんだ。つまり、ドラゴンのテリトリーだ。水中最強のアクアドラゴンがいる近くに、大きな化け物はいないよ」
「そう願いたいね」
「まったく同感ですな」
後ろの席でイリクが同意した。
オーシャン・サファイア号は、海の底をゆっくり進みながら、海底洞窟へと侵入した。巨大なドラゴンどころか、もっと大きな生物すら通過できそうな巨大な空洞である。潜水艇でも余裕で通行できた。
しばらく下降。そこから上昇すると。
「おや、水面だ」
ジンは言った。オーシャン・サファイア号は洞窟内で浮上した。操縦席の窓から水のない洞窟内が見える。
ソウヤは問う。
「これ、外に出られるのか?」
「大気はある。有毒なガスの類も検知されない。出ても大丈夫だ」
「じゃ、行くか? アクアドラゴンはこの先なんだろ?」
「おそらくね」
クラウドドラゴンが席を立った。
ソウヤたちは操縦席を出て、潜水艇の外に出た。
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