第324話、意外と魔法寄りの潜水艇
「お外、まっくらー」
フォルスが正面の海を見る。潜行し始めた頃は、太陽の光が届いて明るかったのだが、すっかり夜のように暗くなっている。
照明はつけたが、外はそれでも暗い。
「このガラス、大丈夫だろうな?」
ソウヤが言えば、後ろの席のイリクが口を開いた。
「大丈夫、とは?」
「海の中は潜れば潜るほど水圧が掛かってくるんですよ」
その圧力は絶えず船体にのし掛かっている。深度が深くなれば、その力も大きくなる。
「そうなると……どうなるんです?」
「圧壊。潰れて壊れます。当然、そうなったら乗っているオレたちも全滅でしょうね」
ごくり、とイリクが喉を鳴らした。フォルスは不安そうにキョロキョロしている。
ジンは言った。
「深海まで潜ろうと思ったら、船体の強度も不可欠。貧弱な材質では深くは潜れない。この窓が大丈夫かという質問について答えれば、問題ない。表面に水スライムの皮膜も使っているから、水の中でいえば下手な材質より頑丈だよ」
物理的攻撃に対して強いと定評のあるスライム、その素材がどれほどのものか、ソウヤは知らないが、潜水艇の製作者がそう言うのだからそうなのだろう。
「船体の強度についても、水属性の魔法金属を使用している。深海の水圧にもある程度は耐えられる」
「ある程度?」
ソフィアが不安げな声を出した。老魔術師は肩をすくめる。
「どこまで潜るかによる。限界深度を超えれば、いくら頑丈に作った潜水艇でも潰れるさ」
「海の中がそこまで恐ろしい環境とは……」
イリクが唸るように首をひねった。
「危険なのは海の魔物ばかりではなかったか」
「潜水艇を作るなら、水圧にも耐える強度が必要だ」
ジンは、視線を正面に戻す。
「同時に、きちんと密閉して、水が漏れてこないように作らなくてはいけない」
「気密性がないとヤバイ」
ソウヤの表情は引きつった。ジンも頷いた。
「ああ、それがないと、潜水艇の中で溺れてしまう」
水漏れで沈没、中が水没などゾッとする。海の中の潜水艇など、密閉空間に他ならない。
「……気密性で思い出したけど爺さん。これ空気ってどうなってるの?」
外から空気を取り入れるのは、潜っている間は不可能なはずである。となると、船内の酸素は減り続けて、なくなってしまえば待っているのは乗組員の死。
「魔力式の酸素変換装置を載せているから、心配ない」
ジンは平然と答えた。
「魔力式か。……それって、元の世界にはない装置だろうけど、そっちの潜水艦の空気ってどうなってたんだ?」
「原子力潜水艦なら水を電気分解すれば酸素を取り出せる。それ以外なら、浮上中に酸素を貯めておく、浅い深度ならシュノーケルで取り入れるという方法があるな」
答えとしては、酸欠になる前に浮上しろ、が正解である。
「それにしても、本当に外が見えないな」
ソウヤは正面、窓から外を睨む。
「夜ってわけじゃないだろうに……。不気味だぜ」
「少し明るくしてみよう」
ジンが手元の装置を操作した。すると窓の外がうっすらと明るくなった。
「はぁわ……」
フォルスが感嘆の声を上げた。ソフィアも前のシートから乗り出して、窓を見る。
「明るくなったわ。……これも魔法ですか、師匠」
「照明を海中の魔力に反応させるよう調整した。昼間のように、とはいかないが、これでかなり明るくなったはずだ」
「そんなこともできるのですか……。このような術があるとは」
イリクは感心した。ソウヤは首をかしげた。
「潜水艦とか、周りが見えないから音を頼りに進むって聞いたことがあるけど、これなら、目でも見えるな」
「軍用の潜水艦は窓がないからね。真っ暗な深海では、目視できる距離なんてあってないようなものだから、音で位置や地形を探るんだ」
答えたジンは、振り返った。
「クラウドドラゴン、アクアドラゴンの位置は掴めないかね?」
「水天の宝玉からは、何の反応もない」
先ほどから沈黙していたクラウドドラゴンが答えた。
「ただ、この下から、かすかに気配を感じる」
「つまり、アクアドラゴンがいるのは間違いないか」
ソウヤは頷いた。しかし、クラウドドラゴンは眉をひそめる。
「返事がないのが気になるけれど」
「ドラゴンはテリトリーにうるさい」
ジンはモニターを操作する。
「アクアドラゴンが近くにいて、こちらにアプローチをかけてこないというのは妙だ」
「弱ってる?」
「魔族が何か仕掛けたとか?」
ソフィア、イリクが言った。
「どうなんだ、クラウドドラゴン?」
「何かあったのかもね。ここまでワタシが近づいて、呼びかけているのに返事しないのも普通では考えにくい」
「実際に確認するしかないか。クラウドドラゴン、誘導してくれ」
ジンはさらに潜水艇を潜らせる。
「大丈夫でしょうか? アクアドラゴンに襲われるということは……」
イリクが危惧する。クラウドドラゴンは平然とした調子で言った。
「それは、アクアドラゴンの機嫌次第ね」
「爺さん、この潜水艇には、海のモンスターに襲われた時の対策はあるのかい?」
「魔法障壁。それと魚雷のような武器を搭載している」
「魚雷の、ような……?」
爆発物の積んだ弾頭、エンジンにスクリューを組み合わせた水中を航行する武器、それが魚雷だ。
主に潜水艦が水上船を攻撃したり、逆に水上船が潜水艦を攻撃するために使われる……というのが、召喚される前の世界での知識である。
「魚雷じゃない?」
「まあ、例によって魔法の一種だよ」
ジンは操縦桿を操り、潜水艇の向きを変える。視界を明るくしてから、比較的近くに、孤島から海底へと伸びる岩壁が見えていて、それが潜水艇の近くに接近しつつあったので、距離をとるようだ。
「他には、音響爆弾を積んでいる。海の魔物をびっくりさせることはできるだろうが……」
老魔術師は、そこで顔をしかめた。
「ただ怒らせるだけかもしれない……。使いどころは難しいし、ドラゴン相手には頼りないな」
その言葉に、イリクが瞑目した。
「アクアドラゴンの機嫌がいいことを祈ります」
「同感」
ソウヤも同意した。
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