第314話、火をつけた犯人は?


 バロールの町の近くに到着した。


 ソフィアのいたグラスニカの実家は、町の郊外にあると言う。沈みつつある夕日。ゴールデンウィング二世号から眺めていれば、目的のお屋敷が――


「……燃えてる?」

「ええっ……!?」


 飛空艇で近づくにつれて、グラスニカの屋敷が炎に焼かれ、ほぼ崩れかけているのが見てとれた。


「なんで家が燃えてるのっ!?」


 ソフィアが声を張り上げた。当然、ソウヤたちにもわからない。


「……盗賊にでも襲われたか?」

「程度の低い盗賊ならば……」


 イリク・グラスニカが、手すりをつかんで言った。


「警備の魔術師でも充分だったはずだ。屋敷を燃やされるなど……!」


 ふだんから冷静そうなイリクの顔に浮かぶは強い憤り。

 ソウヤはブリッジに振り返った。


「ライヤー! 近くに船を下ろせ!」

「アイアイサー!」


 ゴールデンウィング二世号は速度を落として、ゆっくりと降下した。


 グラスニカの屋敷は、ほぼ全焼の有様だった。


「そんな……」


 ソフィアは、自分が住んでいた実家の変わり果てた姿に呆然とする。ソウヤはイリクと顔を見合わせる。


「ここには何人の人間が?」

「家族以外に警備や使用人が十名ほどいたはずだ」

「ミスト、何か反応はあるか?」

「……いいえ」


 魔力による探知で調べるミスト。グラスニカの屋敷はかなり大きいが、大部分が焼け、わずかに残っている部分が延焼しているという状態だった。


「家の人は避難した……?」

「そうであって欲しい」


 イリクは祈るように言った。ソフィアはショックを受けて膝をついている。レーラとリアハ姉妹が、そんなソフィアについている。


「あ、待って――」


 ミストが視線を転じた。


「地下室がある……そこに、わずかながら反応があるわ」

「シェルターだ!」


 イリクは叫んだ。


「そこに避難したんだ!」

「行きましょう!」


 ソウヤが言えば、待機していたカーシュ、ガル、ダル、オダシューらが救助に走った。


 イリクが先導し、地下シェルターへと到着。しかし当然ながら、内側からロックがかけられていた。


「外から開ける手段は?」

「私の魔力を流すことで開けることができる」


 イリクはそう言うと扉に触れる。中を開ければ横になっている人も含めて十数人の姿があった。メイドやコック、警備の人間もいる。


「みんな、無事か!?」

「イリク様!」


 一様に驚きが走った。


「い、イリク……」

「母上! ご無事で!?」


 駆け込むイリク。


 ――母上ってことは、ソフィアのお婆ちゃんか。


 ソウヤは思った。何人かがこちらに警戒の視線を向けてくる。明らかに部外者だからだろう。


「いったい、何があったのですか!?」

「それが……私にもよくわからない」


 年配の女性――ソフィアの祖母だろう人物は、そのしわの刻まれた顔を横に振った。


「気づいたら、皆、眠らされて、ここに押し込められておったのだ。一度出ようとしたら、扉の向こうが火事になっていて、やむなく退避しておったのじゃ」

「イリク様! 外の火災は――?」


 警備担当らしい武装した男が問うた。イリクは首を振った。


「私たちが来た時には、すでに焼けていた」


 そんな……、と使用人たちから声が上がる。肩を落とした彼、彼女ら。イリクは問うた。


「誰か、なにが起きたのか知っている者はいるか?」

「いえ……」


 否定的な反応。十数人もいて、全員気づいたらシェルターにいた。


 ――何とも妙じゃないか。


 ソウヤは首をひねる。


「ご当主様……」


 ひとりの青年が手を挙げた。格好からすると庭師だろうか。


「どうしたザック? 何か知っているのか?」

「はい、その、とても言いにくいことなのですが……」


 ザックと呼ばれた青年は、うつむきがちに言った。


「ソフィア様が……その、魔法を使うところを見まして」

「ソフィア様が魔法だと!?」


 周りが驚いた。やはりというべきか、ソフィアは魔法が使えないというのが、ここの共通認識のようだった。


「ソフィアがどうしたって?」


 イリクは問えば、ザックは言った。


「はい、ソフィア様はお屋敷に炎の魔法を使って……」

「ソフィアが……!?」


 さらに驚きの声。これにはソウヤたちもびっくりした。ソフィアが魔法を使えるのは知っているが、屋敷に火をつけるなど不可能だからだ。


 ――こいつ、嘘を言っているのか?


 ソウヤは睨む。ザックは周囲の者たちから質問攻めにあっていた。


「お、おれ、見たんですよ。屋敷の人間に魔法を使って眠らせていくのを。何をしているのかと声をかけようとしたら、おれも眠らされて」


 それで次に気がついたらシェルターにいたらしい。


「本当か?」


 ソウヤは口に出してみて、明らかにそれはないと思った。


 何より、辻褄が合わない。


 火をつけた、眠らせた――それはどちらが先か? ほぼ同時にやったというのもおかしな話だ。犯行を隠そうと思って眠らせたのなら、目撃者であるザックが始末されていないというのも妙だ。


 家の人間を全員シェルターに入れるというのも不自然だ。……家の人間を傷つけるつもりがなかったから、という可能性はあるが、それでも証言される可能性のある目撃者を生かしておくだろうか?


 そもそも、ソフィアはソウヤたちとゴールデンウィング号にいて犯行は不可能なのだ。


「ザック」


 イリクは静かな口調で言った。


「お前は嘘を言っているな?」

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