第315話、食い違う証言


「嘘? い、いいえ、おれ、私は嘘などついていません!」


 ザックは慌てた。屋敷を燃やしたのはソフィアだと証言した使用人の青年は続ける。


「確かに、ソフィア様は魔法が使えなかったと聞いていました。でも、見たんですよ! 私はソフィア様が魔法で屋敷に火をつけたのを――」

「それはいつの話だ?」


 イリクは問うた。ザックは首を振った。


「いつって、今日の昼間です」

「では、ますますソフィアではない」

「そんな! でも――」

「あり得ないのだ、ザック」


 イリクの目は鋭かった。


「今日の昼、ソフィアは私と一緒にいたのだ。ここにいる銀の翼商会の保有する飛空艇に。彼女が屋敷に火をつけるのは不可能なのだよ」

「……!」


 絶句するザック。周りの者たちはざわめく。


 ――どういうことだ? いつの間にソフィア様はイリク様に?


 使用人たちが顔を見合わせる中、メイドのひとりが進み出た。


「恐れながら旦那様。それはおかしくないでしょうか?」

「何故だね、メアリー」


 メアリーという名らしいメイドは頭を下げた。


「ソフィア様は、本日も部屋にいらっしゃいました。屋敷の外に出ていないソフィア様が旦那様とご一緒におられたというのは、不自然でございます」

「それは、私が嘘を言っていると言うのかね?」


 イリクの冷たい言葉に、メアリーをのぞく使用人たちが身をすくませた。


「私から言わせれば、専属のお前が、この期に及んで真実に気づいていないことのほうが不自然なのだが?」

「何のことでしょうか?」

「ソフィアは家を飛び出した。もう何十日も前にだ! にもかかわらず、それに気づかないお前の仕事ぶりにだ!」


 声を荒げるイリク。


「気づかないはずがない。そうとも、お前は嘘を言い、報告を怠った! もし嘘ではないと言うのなら申してみよ。その時はお前が、仕事もできないド低能だと自ら証明するだけだが」

「……」

「本当にそうよね」


 そこへ、唐突にソフィアが姿を現した。使用人たちにどよめきが走った。


「ソフィア様……?」

「私、この家を飛び出して、かなり経つのに、それすら気づかないなんて、そんなおかしな話がある?」


 ソフィアは、使用人たちを見回した。


「この中で、ここしばらく私の姿を直接見た者はいる? ……ああ、もちろん、メアリー以外に」


 他のメイドや警備人も含めて顔を見合わせる。


「そう、誰も、見ていなかったのよね。当然よ、私はこの屋敷を出て、ソウヤ――銀の翼商会にいたんだもの。じゃあ、何故、私がこの屋敷にいると思ったの?」


 その問いに、使用人たちはメアリーへと視線を向けた。


 見守っていたソウヤにも、その視線の意味するところは察した。つまり、メアリーがそう言ったのだ。


 ソフィアは部屋に引きこもっている、と。あたかも、そこにいるかのように、メアリーが振る舞っていたのだ。


 一族にも冷遇されていたソフィアだ。専属メイド以外に様子を見に行く使用人がいるはずもなく、部屋に閉じこもっていれば、その姿を直接見られることもない。


 いない人間を、いるように細工することも、専属メイドなら可能だ。


 だが問題は、何故メアリーがそのようなことをしたのか、である。


「今回の屋敷炎上……どうも犯人を私にしたいようだけど」


 ソフィアは、ザックを見やる。青年は青ざめ、視線をさまよわせている。


「誰か、ザック以外に、私が屋敷に火をつけているところを見た者は?」

「……」


 ざわつく使用人たちだが、見たと証言する者はいなかった。なるほど、とソフィアは首を振った。


「ザック、そしてメアリー、今回の件の説明をしてくれるかしら? もちろん、真実をよ」

「……」

「どちらが、屋敷に火を放ったの?」


 その言葉に、屋敷にいた人間たちの目が、二人に向けられた。


「それとも、火をつけた人は別かしら?」


 ソフィアは真顔だった。


「私がやったって強弁してもいいけれど、その時点で、お父様を嘘つきだと言っていることになるから、覚悟してね」


 その父イリクは、犯行時間にソフィアと一緒にいたと証言したのだ。仮に疑わしいという空気になっても、その時はソウヤたち銀の翼商会メンバーが、昼間飛空艇にいたと証言するだけのことである。


「二人を拘束しろ」


 イリクが命じた。警備担当が、ザックとメアリーを捕まえる。


「君たちの言い訳を私にもぜひ聞かせて欲しいものだ」



  ・  ・  ・



「とんだ里帰りになってしまったなぁ……」


 ソウヤは、全焼した屋敷前にいて、豚汁を作っていた。


 辺りは夜の帳が下りていた。


 住んでいた建物がなくなったグラスニカ実家の一族と使用人たちは、銀の翼商会の開発商品であるボックスハウスを仮の家とすることになった。


「天幕よりしっかりしているな」

「雨や風もしっかり防げそうだ……」

「普通に家のようだが、こんな簡単に建てられるとは……」


 屋敷に住んでいた人たちは、仮の家が思いのほか立派で感心していた。


 このボックスハウス、つまるところアイテムボックスを応用した巨大箱型の部屋である。扉と窓をつけただけで、一部屋のみの、言ってみればプレハブ小屋やテントのようなものだ。


「こんな簡単に部屋ができるなんて、さすがですね、ソウヤ様」


 レーラが、お椀を並べながら言った。ソウヤは肩をすくめる。


「アイテムボックスハウスの応用だよ」


 こういう家を投げ出された人たちの仮設住宅的に利用できないかと考えて、試作したものである。


 最近は、冒険者業や探検などが中心で、希少な品の発掘や商品になりそうなものの仕入れが多かった。だが、そろそろ行商に注力してもいいと思うソウヤだった。


「……よう、カーシュ」


 ソウヤは、屋敷の地下シェルターから戻ってきた友人に声をかけた。


「どうだった? 何かわかったか」

「うん、色々わかってきたよ」


 今回の屋敷炎上事件――その尋問をシェルターでやっていた。イリクやソフィアのほか、ジンにミスト、ガルにグリードが同席し、カーシュもそれを見ていた。


「どうも今回の事件、グラスニカ家の秘伝の魔法書の盗難も関係しているかもしれない」

「そうなのか?」


 意外なところで、事件に繋がりがあったようだった。

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