第313話、親子の会話の行方は
ソフィアとイリクは話をした。
「お前の魔法を見た」
「それで?」
「大したものだと思った」
「そう」
「一族を見渡しても、上位レベルにあると言える」
「あなたよりも?」
挑むようにソフィアはイリクを睨んだ。そのイリクも真っ直ぐソフィアを見つめた。
「どうかな。先のクラウドドラゴン様との模擬戦は見たが……あれだけでは、判断がつかない」
「私は、もっと魔法が使えるわよ」
ソフィアが突き放すように言った。イリクは一瞬、言葉に詰まったが、小さく頷いた。
「そうだろうな。もっと、お前の魔法が見たい」
「一応、お眼鏡にかなったわけね」
「さっきも言った。大したものだと」
イリクは事務的な調子で言った。そんな父に、フンと鼻をならすソフィア。
「魔法大会に出るそうだな」
「ええ、そのつもり」
「楽しみだ」
イリクは言った。
「……お前の、魔法をいっぱい見られる」
「せいぜい、ビックリするといいわ。あなたが別宅に押し込めて、見放した娘がどうなったのかをね!」
熱が含まれたその言葉には、わずかに怒りがこもっていた。ソフィアは、冷遇されたことを忘れてはいなかった。
むしろ、その怒りがあったからこそ、魔法を必死に覚えようとあがき、家を飛び出し、今に至ったのだ。
「呪いをかけられていたそうだな」
「……」
イリクが核心に触れた。
「親でありながら、そのことに気づかなかった。節穴と言われても仕方ない。紛れもなく私のミスだ。……すまなかった」
「……!」
父が頭を下げた。ソフィアは目を丸くする。意外にあっさり謝ったことに。
魔法が使えなくなり、見下したような目を向けてきたあの父が、自らの非を詫びたのだ。
面食らった。しかし、それで収まるほど、ソフィアの気持ちは簡単ではない。
「謝れば済むと――」
「思っていない。許すも許さぬもお前が決めることだ。ただ私は、お前に謝らなければいけない。それだけは間違いない」
「……」
ソフィアは無言。イリクは言った。
「その上で、私は、お前に呪いをかけた者を許さない。地の底まで追い詰めてでも捕まえるつもりだ。これは親としてのケジメだ」
「……うん、まあ……そうね」
ソフィアが頭をかいた。
「宮廷魔術師ともあろう者が娘の呪いにも気づかないのはどうかと思うけど、誰が一番悪いかについてははっきりしている。その、呪いをかけた奴!」
ソフィアの魔術師として成功する未来を奪い、親子の仲を引き裂いた張本人。そいつが余計なことをしなければ、誰も傷つかなかったし、ギクシャクすることもなかった。
「……私はまだ、グラスニカの人間かな?」
ポツリというソフィア。イリクは淡々と言った。
「むろんだ。我が娘よ」
「……魔法が使えるから、そう言ってる?」
「手のひら返しに見えるのは仕方がない。不本意だし、忸怩たる思いだが、甘んじて受け入れよう。この恥も罰なのだ」
イリクの表情はしかめっ面のように見えた。もちろん、ソフィアに怒っているわけではない。
「この話は、ここまでだ。それよりも――」
「な、なに?」
「お前が、ここまでどういう魔法を覚え、素晴らしき師から教わったことを私に教えろ」
「はい?」
「お前は、私が羨む環境で魔法を教わったのだ。お前だけが独占するのはズルいではないか!」
ポカンとしてしまうソフィア。イリクは至極、真面目な顔のままだ。
「……ひょっとして、羨んでいる?」
「そう言った」
「あなたが? 宮廷魔術師でもある、イリク・グラスニカが?」
「そうだ。娘の呪いにすら気づかぬボンクラ魔術師が、教えを乞いたいと言っているのだ。二度は言わんぞ」
「もう一回言って」
「二度は言わないと言った」
いつの間にか、ソフィアの眼前にまでイリクの怖い顔が近づいていた。
「ちょっと、顔が近いわよ! ……もう、魔法が知りたいって、ほんと、魔法バカなんだから――」
呆れるソフィアだが、その表情はまんざらではなかった。
「いいわよ、教えてあげるわ。このグラスニカ家のソフィアが、如何なる冒険を繰り広げ、この銀の翼で活躍してきたか、とんと教えてあげようじゃない!」
娘と父は連れ立って、アイテムボックスハウスのほうへと足を向けた。
その様子を遠巻きに見ていた野次馬たちは顔を見合わせる。
「これは、一応解決と見ていいのかな?」
ソウヤが第一声を発すれば、エルフの治癒魔術師であるダルが、皮肉っぽく言った。
「かなり円満なほうの解決の仕方だと思いますよ。ソフィアさんも自分で『グラスニカ家の』なんて言っていましたし」
「もっと派手に、突き放したり、手が出るかと思ったのに」
ミストが口元を歪めた。
「つまらないわ」
「喧嘩にならなくてよかったじゃないですか」
そう言ったのはリアハだ。
「最初のほうなんて、かなりギスギスしてました」
「ほんと。だから決裂するかもって思ったんだけどね」
ミストが苦笑すれば、ジンが肩をすくめた。
「人間、怒りの感情をずっと持ち続けるのは難しいものだ。それに怒ったままというのは意外に疲れる」
「ソフィアは我慢が足らないわ!」
ミストは腕を組んだ。ソウヤは首を横に振る。
「そういう我慢は誰の得にもならんさ」
ともあれ、道中、グラスニカの親子関係のせいで、気まずい思いをしなくて済みそうだった。
ソウヤたちは安堵する。
ゴールデンウィング二世号は、バロールの町へと飛行を続けた。
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