第305話、フォルス、王城に行く
「じゃーん!」
アイテムボックスから外に出てきたそれは、どこからどう見ても人間の子供だった。
ソウヤは面食らう。
「お前……フォルス、か?」
「そうだよー」
口調は明らかにフォルスだった。黒髪で7、8歳くらいの少年は、ニコニコしていた。事情は知らないが初めて見る子供の姿に、仲間たちも驚いている。
「人化できるようになったのか?」
「ウン!」
「子供の成長は早いなぁ……」
ちょっと早すぎな気がしないでもないが、ドラゴンにはこれが普通かもしれない。ソウヤは少しだけ心が揺れ動いた。
「ミスト=サンとクラウドドラゴンのおばあちゃんに、教えてもらったー」
何故、ミストが『さん』付けなのかはこの際、聞くまい。しかし、クラウドドラゴンを『おばあちゃん』呼びは、果たして大丈夫なのだろうか。少し前はお姉さん呼びだったが……。
伝説の四大竜で古竜らしいが、人化している美女姿を見ると、まだまだ若く見える。
――そもそも、ドラゴンの寿命って知らないんだよなぁ。
アースドラゴンは、かなりの老齢アピールしていたが、人化したらどうなるのか。年齢相応の老人姿だろうか? ソウヤは少し興味がわいた。
「ねえー、ソウヤー。ボクも一緒に行ってもいいでしょー!」
フォルスがねだった。王都を間近で出歩きたいから、人化を披露したのだろう。
「そうだなぁ……。影竜は――」
「おかーさんは、経験だって言ってた」
「……オレに丸投げするつもりか?」
パパじゃないんだぞ、オレ――ソウヤはため息をつく。
「オレらは、この国の王様とお話があるから言っても退屈だぞ」
「退屈なのに、行くのー?」
小首をかしげるフォルス。無垢な目を向けないでほしい。可愛すぎるから。
「大人には、面倒なお付き合いってのがあるの」
「王さまって、人間の強い人なんでしょー。見たい!」
見たい、と言われても困るソウヤである。そもそもこの子の強い人というのは、少し違う気がする。
ドラゴンの強いとは、純粋な強さのことを指すのだろうが、人間社会のそれは、単に腕力が強いとかそういうのではない。
とはいえ、これもひとつの社会勉強になるだろうか? ソウヤは考える。少なくともアルガンテ王なら、ドラゴンの子供を連れていったところで手を出したり、悪巧みなどは考えないだろう。
そんなことをすれば、ドラゴン族の逆鱗に触れ、王都が焦土と化すことくらいは理解しているだろう。
だが、いくら社会勉強といっても、この場が果たしてふさわしいのか考える。王様に失礼があってはいけないし、万が一事故でも起きたら、こちらも危ない。
最上なのは連れていかないこと。最悪なのは、先方に知らせずに連れていくこと。サプライズはいらない。
フォルスはそわそわしている。好奇心が抑えられないようだ。
――えーい、こうなりゃ、影竜のせいにしてしまおう!
ソウヤは転送ボックスを使った手紙を送る。自分とレーラが会談に赴くが、影竜の子供ドラゴンが後学のために陛下に会いたいので判断を仰ぎたい、と書く。
断られれば諦める、と判断を先方に委ねたのだ。少なくとも復活したレーラと話したいとこちらを招待したのは向こうであるし、お伺いを立てておくのが筋だろう。
返事はすぐにきた。
王城で暴れられたら困るが、そうでないならぜひ会いたい、とのことだった。どうやら王族も好奇心を刺激されたのだろう。ドラゴン側から会いたいという例は、おそらくほとんどなかったから、この機会を逃す手はない、と言ったところか。
「フォルス、王様のお許しが出た。俺とレーラと3人で、お城に行くぞ」
「わーい!」
喜ぶフォルスに、レーラが「よかったですね」と少年の頭を撫でた。
ソウヤは顎に手を当てる。
「……いちおう、影竜にも一言相談しておくか」
『その必要はないぞ』
足元からうっすらと念話を当てられた。
『我もお前の影についていくから心配せんでいい』
「……あ、そこにいたのか」
ソウヤは自分の影に潜り込んでいる影竜に気づく。影となると、大きさ関係なく入れるのか。
『もし我が子に手を出すなら、城も町も破壊しつくしてやる!』
「その前に、子供の安全を優先しなさいよ、お母さん」
ソウヤは呆れる。破壊するより、まず子供の保護。それが第一であろう。
「面倒は起こさないでくれよ」
『起こさないさ。向こうが手を出さなければな』
「……」
かくて、ソウヤたちは王城へと向かった。
なお、ソフィアの魔法大会参加エントリーのため、ミスト、ジン、リアハと受付の会場でもある王都冒険者ギルドへ行った。
・ ・ ・
「久しいな、レーラ殿。また、無事な姿を見ることができて幸いである」
「その節は、ご心配をおかけしました。アルガンテ陛下」
王城の王の執務室にて、非公式な会談である。アルガンテ王が口火を切り、レーラが丁寧に頭を下げる。
「以前お会いした時は、凜々しい王子殿下であらせられた。まこと頼もしい王になられましたね」
「そなたは十年前と変わらぬな。……いや、これは失言だな。すまぬ」
アイテムボックス内にいたのは、レーラの意思ではなく、ソウヤの保護した結果だ。命は取り留めたが、十年経過についてはレーラに一切の責任はない。
「いえ、時間は流れていたのです、仕方ありません」
レーラはそう流した。アルガンテ王の傍らに控えていたペルラ姫がドレスの裾を軽くつまんで礼をする。
「レーラ様、お久しぶりにございます」
「お久しぶりです、ペルラ姫殿下。大きくなられましたね」
レーラの記憶の中の、ペルラ姫は小さな女の子だった。見間違えるのは無理もない。
「……それで、ドラゴンの子供というのは……?」
ペルラ姫の視線は、ソウヤの後ろで、執務室をキョロキョロと見回している子供へと向く。
ソウヤは、その子供の肩に手を置いた。
「はい、この子です。名前はフォルス。ドラゴンゆえ、人間の礼儀をまったく知らないので、無礼はご容赦を」
王族の視線が自分に向かっているのに気づいたフォルスは、にっこり笑った。
「フォルスです。ゼロ歳です」
ぺこり、と挨拶した。まあ、とペルラ姫は顔をほころばせた。
「ゼロ歳で、人間の言葉を話すのね! なんと賢い! さすがドラゴン!」
褒められて、「エヘヘ」と照れるフォルス。
――お前、どこでそんな挨拶を覚えた?
ソウヤは目を丸くするのだった。
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