第303話、片方だけかと思ったら両方だった件


 グレースランド王国を離れ、エンネア王国へ向かう。


 グロース・ディスディナ城で、国王に出発と別れのあいさつをしに行ったソウヤ。昨日、婚約どうこうと言われて戸惑ったものだが、またも想定外の事態が待っていた。


 リアハが、銀の翼商会に同行すると思っていたら、レーラも来ることになったからだ。


「不束者ですが、またよろしくお願いいたします」

「……はい」


 どういうことだ?――ソウヤは首を傾げる。


 グレースランド王は言った。


「しばし国で休養を、と勧めたのだがな、娘は聖女としての務めを果たすと言うのだ」

「世界には、魔族や魔物によって危機にさらされている人々がいます」


 レーラは祈るように目を伏せた。


「また、魔王軍の残党が活動している今、私だけが安全な場所にいるわけにもいきません」


 ――君は充分、世界のために貢献したし、自分のために時間を使ってもいいんだぞ。


 ソウヤは思ったが、父王の手前、発言は控えた。


「知っていると思うが、我が娘は言い出したら聞かぬ」


 ――わかります。


 優しい聖女様は、こと責任というものにおいて頑固である。ソウヤにも、おぼえがあった。


「それに、目覚めて十年の月日が流れておる。レーラ自身、世界の今を見たいと強く願ったのでな」


 ブランクを埋めるために、気持ちの整理をつけるために世界を知りたいのだろう。グレースランド王の発言から、意図を把握するソウヤ。


「もっとも、聖女が帰還したと知れば、教会からもまた頼られることになるだろう。私としても、しばらく彼女を休ませてやりたいが、そうもいかぬやもしれぬ。そう考えた時、誰のもとに預けるのが安心かと考えた時、真っ先に君の存在が浮かんだ」


 要するに、当人と両親の思惑が一致したということだ。親御さんが承知しているのであれば、ソウヤとしても断る理由はない。本当はレーラの同行に反対している、とかだったら、板挟みになってしまうから。


「君の商会はいずれ世界中を回ることになるだろう。レーラの希望にも添う。できることがあれば、使ってやってくれ」

「承知いたしました」


 娘さんをお預かりします――という言葉が浮かんだ、何だか意味が違って聞こえそうで、自重する。


「そして引き続き、リアハも君に預ける。彼女のことも頼んだぞ、ソウヤ殿」


 こうして、姉妹揃って、銀の翼商会に同行することとなった。



  ・  ・  ・



 ゴールデンウイング二世号は、グレースランド王国王都から離れて、エンネア王国へと向かった。


 レーラとリアハの姉妹が引き続き一緒というのは、やはり皆も驚いていた。だが反対する理由もなく、これまで通りということで受け取った。


「なあ、これってアレじゃねえか?」


 船室の一角。ライヤーは言った。


 この場にいるのは、エルフの魔術師ダル、元聖騎士だったカーシュ、元カリュプスのオダシュー、アズマだった。


「アレとは?」


 ダルが言えば、ライヤーは顔をしかめた。


「わかんねえかな、ソウヤの旦那の女関係が複雑になったってこと」


 なお、当のソウヤはレーラとリアハと面談中で、ここにはいない。


「そうですねぇ。レーラ様は、ソウヤさんに淡い想いを抱いていたようですし」

「リアハ姫さんも、ボスに熱い視線を送ってるよな」


 オダシューが言えば、アズマも頷いた。


「ええ、間違いないでしょ。これ三角関係ってやつ」

「ソウヤはモテモテだね」


 カーシュが微笑むと、ダルは苦笑する。


「どうでしょうね。あの人が異性からワーキャーされるのは割とお馴染みなんですけど、あの人、異性に手を出すことってまずないじゃないですか」

「紳士だからね」

「紳士……紳士ねぇ」


 ライヤーは頭をかいた。


「まあ、そりゃ旦那もいい歳だし、恋人くらいいてもいいけどさ……」

「僕は、他人の恋愛に首を突っ込むべきじゃないと思うんだ」


 カーシュがやんわりと言った。しかしライヤーは首を振った。


「そりゃごもっともだがな、カーシュさんよ。その対象が、おれらのボスで、相手が聖女とお姫様とくれば、他人事じゃ済まされないんだぜ?」

「どう済まされないんだい?」

「第一、ソウヤの旦那の行動は、全部銀の翼商会に影響する」


 ライヤーは指を数えた。


「第二、ゴールデンウイング号という狭い環境内だ。何かトラブルがあれば、関係なくてもその空気は全員に伝染する」


 いちおう、この船の船長であるライヤーは、それが気掛かりだった。顔を合わせるたびに、気まずい思いをするのは願い下げだった。


「でも、そうは言いますがね、ライヤー君」


 ダルは真顔になった。


「恋愛については、やはり当人たちの問題であり、周りがどうこういうものではないでしょう。ひとつ聞きますが、あなたにとって、どうなるのが理想なのですか?」

「どうって……」


 ライヤーは考える。


「修羅場になってくれないことかな」

「どっちかがあの人と正式に付き合って、それを応援するとかではないんですよね?」

「そりゃ……そうさな。だって片方が決まれば、もう片方は断然居づらくなるだろ」


 ライヤーがオダシューへと視線をやれば、山賊の親分みたいな彼は肩をすくめた。


「まあ、そうなるだろうな」

「自分勝手なことを言わせてもらうなら、おれはここが居心地がいいんだ」


 その空間が壊れてほしくない、とライヤーは言った。アズマが口を開いた。


「そもそも、我らがボスは、どっちが好きなんだ?」

「さあ……」


 カーシュは首を振れば、ダルも肩をすくめた。


「あの人に関しては噂は多々あれど、本人から迫った例がほぼありませんから」

「多々あったって?」

「お姫様とか貴族の娘が、勇者様とお近づきになったり、ですね」


 ダルが言えば、アズマは手を叩いた。


「まさか、ミストさんだったり?」

「ドラゴンだって聞く前は、そうかもと思ったこともあったが――」


 ライヤーは唸った。


「さすがに今は、それはないと思うな。恋仲っていうより相棒?」


 あー、と一同が納得した。ドラゴンと人が結びつくというのが、どうにも考えつかない男たちである。


「正直に言うとだ。旦那が誰を選んでどうなろうと……おれはついていく。そう決めた」


 ライヤーの言葉に、カーシュ、アズマが頷いた。


「そうだな」

「僕は状況によっては抜けるかも」


 エルフの魔術師は冗談めかした。オダシューが口を開いた。


「おれもボスについていく。だが、おれらは聖女様にも救われた。ボスもそうだが、あの人にも幸せになってほしいなぁ……」


 そうだな、そうだ――男たちは同意した。

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