第302話、しばしの休養と、グレースランド王からの話


 エンネア王国で魔法大会が開催される。それに向けて、ソフィアがミストとジン両師匠からトレーニングを受けることになった。


 元勇者であっても魔術師ではないソウヤは、応援以外にできることはないので、師匠ズに任せて、他業務の処理を進める。


 銀の翼商会の保有する商品在庫の整理と確保である。……要するに、魔獣肉を確保だ。


 ということで、グレースランド王国王都近くの森で魔獣を狩る。


 仲間たちには休息の指示を出したが、ソウヤのほか、ガル、オダシュー、グリード、ダルが狩りに参加した。


 目的の森に着き、さあ中へという時に影竜がやってきて、子供たちに空の飛び方を教えるから、少し離れると言った。


「もう空を飛ぶ練習をするのか……」

「背中の翼が整ってきたからな。いま教えないと飾りになってしまう」


 母ドラゴンはそう言った。翼ができた時点で動かし方を教えておかないと、翼はあっても飛べなくなるのだそうだ。


 少々驚いたソウヤだが、ドラゴンの教育方針には口は挟まない。


 そんなわけで、影竜はフォルスとヴィテスを連れて出かけた。


 影竜親子が見えなくなって、さあ狩りに行こう……と思っていたら、今度はひょっこりクラウドドラゴンが、例の美女姿で現れた。


「影竜たちは?」

「子供たちに飛び方を教えるんだとさ」

「ふうん……」


 興味あるのかないのかわからない表情のまま、クラウドドラゴンは、お出かけしてしまった。


「よくわからない人ですね」


 ダルが、去っていく美女ドラゴンの背中を見ながら言えば、オダシューが苦笑した。


「ありゃあ、人じゃありませんぜ、エルフの先生」

「わかってますよ、言葉のあやですって」


 それにしても――ダルは首を振った。


「浮遊島を新しく住処に持ったというのに、ソウヤさんのアイテムボックス内にいることが多いですね」

「あれは何なんだろうな」


 ソウヤも困惑である。いつの間にか、アイテムボックス内にいて、ソウヤたちと行動を共にしている。


 ミスト曰く『あれの考えることはわからない』と大変ありがたいお言葉をもらっている。


「ソウヤ」


 先導するガルが合図した。


「狼だ。前方二十メートル付近に複数」

「向こうから向かってくるならちょうどいい」


 ソウヤは斬鉄を構えた。――狼肉、ゲットだぜ。



  ・  ・  ・



 森での魔獣狩りは成功のうちに終了した。


 仕留めた獲物はアイテムボックスに放り込んで、解体はあとでやる。時間経過無視の方にいれておけば、腐ることもない。


 夕方、飛行訓練をしていたという影竜親子、そしてクラウドドラゴンと合流した。


「ソウヤー、ボク、空を飛べたよー」


 メチャクチャうれしそうにフォルスは、ソウヤに報告した。


「そうか。どうだった、初めて空を飛んだ気分は?」

「サイコウー!」


 フォルス曰く、コツを掴めたらしく、低高度ならもう自由に飛んだり空中で止まることもできるらしい。


「でも、ヴィテスは遅かったー」


 もう片方の子は手間取ったらしい。初めから上手くいく子ばかりではないということだろう。


「でね、クラウドドラゴンのおねーさんがね、ヴィテスを高い高いしたのー」


 高い高い? クラウドドラゴンは他人の家の子に何をしているのか。これにはお母様も激怒だったのではないか。


 ソウヤは心配したが、フォルスは楽しそうに言った。


「それでね、ボクとヴィテスは、風の加護ってのをもらったー」


 加護をもらったらしい。風を司る古竜であるクラウドドラゴンだ。影竜の子供たちに、加護を与えたとか、伝説の四大竜のひとつと言われるだけのことはあるかもしれない。


「それは……よかったな」

「うん。お空を飛ぶとか、風を扱うことがうまくなるんだってー」


 きゃっきゃとはしゃぐフォルスである。和むなぁ――ソウヤはつくづく思った。



  ・  ・  ・



 その日、ソウヤはグロース・ディスディナ城に呼び出された。


 国王陛下が個人的に話がしたい、とのことだった。リアハが、銀の翼商会に同行するつもりだという話だろうと見当をつける。


 しかしいざ、王城に行けば、謁見の間ではなく中央の王族住居のある建物の通路で、グレースランド国王と会った。


「すまないな。プライベートな話だから、臣下たちには聞かれたくないんだ」

「構いません、陛下」


 王都を見渡せる廊下を、王と歩調を合わせて歩くソウヤ。廊下の端に近衛騎士が立っているが、直接王の護衛はなしだった。


「君には感謝してもしきれない。魔王討伐のことも含めて、わが国は二度、君に救われたことになる」

「恐縮です」

「レーラのこともだ。彼女を救ってくれた。ありがとう」


 そう言ったグレースランド王は、そこで神妙な表情を浮かべた。


「……つかぬ事を聞くが、ソウヤ殿。君には婚約者はいるかね?」

「婚約者……?」


 予想外の言葉に、ソウヤはビックリした。


「いえ……この歳で言うのも何ですが、そういう話はさっぱり」

「意外だな。世界を救った英雄に恋焦がれる娘も多いだろうに」

「元勇者、ですから。あれから十年も経ちました」


 苦笑すれば、王は真顔で言った。


「うちの娘はどうだ?」

「は……?」


 娘とは、レーラ? それともリアハ? ソウヤは困ってしまう。冗談の類いだろうか。


 グレースランド王は歩く。


「もし相手が決まっていないのなら、考えておいてくれたまえ。……君なら、娘を預けられる」

「それは……光栄です」


 娘を任せられるほどの信用を得ているということだ。


 婚約うんぬんがどこまで本気かはわからないが、世間の娘と結婚したい男性の最大の障害が相手の父親である。そこがすでにクリアであるなら、娘さんをください、と言えばほぼオーケーになる。


 ――しかし、いいのだろうか。


 ソウヤは考える。レーラかリアハ、どちらのことを言っているのかわからない。だが関係自体は悪くなく、むしろ好いてくれるなら応えるつもりでいる。


 好きか嫌いかで言えば、断然好きであり、結婚できるなら「いいよ」と言える。


 ただこの期に及んで、どっちがと頭の中ですっと浮かんでこないあたり、恋愛に関して優柔不断であり、受動的であり、自分に自信がなかった。


 何せ、いいな、と思った子はいても、そこで止まってしまい、恋人になろうという行動を一切取らなかった男なのである。

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