第301話、ソフィアの問題
ソフィア・グラスニカは、魔術師になるための修行をしていたのだ。
彼女に魔法を教えたミストとジンという二人の師に言わせれば、ソフィアは充分に一線級の魔術師である。
「グラスニカ家は、エンネア王国でも有数の魔術師の家であり、ついでに貴族である」
魔法が使えないということで、ソフィアは実家から冷遇されていた。ただ冷遇されていただけではない。家族か親族、あるいは近しい者から、魔法を使えなくなる呪いをかけられていた。
「家族に対しては、目の前で魔法を使ってみせれば解決するでしょう。冷遇していた理由が魔法が使えないってことなんだから」
ミストはそう指摘した。
「問題になるのは、ソフィアに呪いを仕掛けた奴ね」
その犯人は不明だが、ソフィアが凱旋した時、おそらく何らかの攻撃に出てくる可能性が高いと思われる。
「ワタシの本音を言えば、せっかくここまで育てた娘を、忌々しい敵の毒牙にかけさせたくないということ」
「それには同感だ」
仲間として、それは見過ごせない。
「ついでに言えば、そのふざけた奴には相応の報いを与えたい」
「……」
ドラゴン族に多く見られる『やられたらやり返せ』という絶対報復主義。
――こうなると、ドラゴンってしつこいんだよなぁ。
それだけソフィアに対して、弟子として認めていたということだろう。そこは種族は関係ないようだった。
ジンは天を仰いだ。
「そうなると、誰が呪いをソフィアに施したか調べる必要があるな」
いきなり乗り込んで、怪しい人間すべてを殴る、とか野蛮な真似はできない。
「ソフィアの家ってどこにあるんだろうな」
初めて会ったのが、エンネア王国東端の港町バロールだった。町かその近辺あたりか。本人に聞けばいいだろう。
あとついでに、カマルに転送ボックスで手紙を送って、グラスニカ家について問い合わせることにする。何かわかるかもしれない。
・ ・ ・
「わたしの家? お屋敷ならエンネア王国の王都よ。……実家はバロールの町だけど」
ソフィア本人は、そう答えた。
ソウヤはミストらと話し合ったことを、ソフィアにも打ち明けた。
「え、なに、ひょっとしてわたしが、邪魔だったり?」
「んなわけねえだろ」
いきなり実家の話が出たせいか、ソフィアの表情がわずかに曇った。
魔術師になって、家族を見返す。その思いで頑張ってきた彼女だが、冷遇された過去は半ばトラウマに近く、憂鬱にさせるようだった。
「そりゃあ、いつかは対峙しないといけないって思うけれど……」
なかなか踏ん切りがつかない、という顔をしている。
「自信がないのか?」
ソウヤが聞けば、ソフィアは考え込んでしまう。ミストは口を開いた。
「あなた、自分の魔法が家族に負けてるって思ってる」
「いや、それは……わからないわ」
ソフィアは慎重だった。
これまでの旅で見た彼女の魔法を思い起こせば、かつての魔王討伐メンバーだった魔術師たちと互角以上だとソウヤは思っている。
つまり、魔術師としては人類上位の使い手だと、ソウヤは認めているのだ。
「わたしは、ミスト師匠やジン師匠の足下にも及ばない」
――それが原因か!
ソウヤは納得した。
いくら人類としては上位といっても、上級ドラゴンや不老不死の伝説級魔術師と比べれば、どうしても勝てない。
これは比較対象の問題だ。比べる相手が悪すぎた。
盗賊を広範囲魔法で蹴散らしたりしたのは、残念ながらソフィアの中で自信には繋がらなかったようだった。
ソウヤは視線をジンに向ければ、老魔術師は言った。
「資格は充分にある。だが実績があるほうが自信にはなるだろう」
家族の前で、魔法を披露するにしても、トラウマ一歩手前の精神状態では、うまくやれない可能性もある。
「まず、本人が自信を持てることだ」
「自信ねぇ。……何かある?」
ミストが問うた。ジンは首を傾ける。
「やはり、実績だろう。悪名高き魔獣を討伐したとか、何かの大会で優勝したとか」
「家族に魔法を見せるよりハードルが上がってね?」
思わずソウヤは言っていた。師匠たちのやりとりに口出ししないと決めているのか、ソフィアは、先ほどから沈黙している。どこか居心地が悪そうだった。
ふと、ソウヤは、子供の進路について話し合っている両親の場面を想像した。進学する学校をどうするか、本人に聞かず親で決めているみたいなものだ。
さて、悪名高き魔獣がどこかで暴れているとか、魔法を披露できるような大会などに疎いソウヤである。こういう時は、情報通を頼るのがよいだろう。
ということで、困った時はカマルに聞いてみよう。
・ ・ ・
グレースランド王国滞在中に、カマルからの返事はきた。
魔術師の成り上がりプランについて、だ。
王都で、近く魔術大会が開かれるそうで、国中の腕利き魔術師が参加して、その魔法を競うらしい。
有力者に仕えたい者、賞金を得たい者、純粋に腕試しがしたい者など参加理由はそれぞれ。大会で優勝すれば名誉と願いの報酬を得られ、成績上位者も国や有力貴族からスカウトされることもある。
――腕試し、いいじゃない。
なお、大会には、王族に加え、魔術師エリートであるグラスニカ家当主らも来るという。ソフィアの魔法披露の面でも、まさに打ってつけと言える。
……しかし、王都出身のソフィアが、この大会のことを口にしなかったのは何故だろうか? 魔術師一族で、大会の視察にも行くような家の生まれなら、この行事のことももちろん知っていてもおかしくない。
いや知らないはずがない!
ということで、さっそく本人の問い詰めてみれば――
「お父様が来るから、言いたくなかったのよ……」
いまだに自信がいまいちのソフィアである。大きな大会、そして親が観に来るとあれば、怖じ気づくのも仕方がないかもしれない。
だがせっかくの機会だ。利用しない手はないだろう。
話を聞いたミストは満面の笑みを浮かべた。
「出るわよ、ソフィア! そしてもちろん、優勝するのよ!」
ちなみに、カマルの手紙によれば、グラスニカ家の内情については調査を開始する、とあった。
誰がソフィアに呪いをかけたのか、その犯人がわかるといいのだが。
ともあれ、大会までのソフィアの魔法トレーニングが開始されることとなった。
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