第295話、ついに――


 浮遊島に戻ったソウヤは、さっそくジンに大精霊の泉の水を鑑定してもらった。


「素材として使えるな?」

「……ふむ」


 老魔術師は顎髭を撫でた。


「まさか、駄目なのか?」


 せっかく苦労したのに、とソウヤは思ったが、ジンは首を横に振った。


「違う。とても強い力を秘めている。正直いえば、薬を作るまでもない。この水だけで、充分、魔力欠乏を治せるとある」

「へ……? そうなの」


 そういえば、精霊の泉の水は、あらゆる病を治す力がある、とグレースランド王国の伝承があるとリアハが言っていた。


 ジンは素材と言っていたが、単独でも成し遂げてしまう水だったとは。


「大精霊も最大限、気を利かせてくれたようだね」

「むしろこっちが感謝するしかねえわ」


 ソウヤはお祈りの仕草をとる。


「これで、レーラは救われるんだな?」

「ああ、さっそく、この水を与えるといい」

「よっしゃ!」


 さっそく、アイテムボックスの時間経過無視ゾーンから、レーラを引っ張り出す。


 真っ青で、意識が消えかかっているレーラの顔を見た時、きゅっと胃が縮むような気分になった。


「レーラ。この水を。楽になるぞ」

「ソウ、ヤ……さん」

「ほら、飲めるか」


 彼女の背中を支えて、上半身を起こしてやると、精霊の水の入った瓶を口に近づけてやる。レーラは小さく口を開き、ゆっくりとその水を飲んだ。


 喉が上下し、確かに水が彼女の体に入ったのを確認。レーラはぐったりと、ソウヤの腕にもたれ掛かる。


 効いてる? ねえ、これ効いてる? ――ソウヤはじっと、レーラの様子を見つめる。穏やかな小さな吐息。


 ――まさか、このまま息を引き取るとか、なしだぜ……。


 不安でいっぱいになる中、見守っていたジンが言った。


「顔色がよくなってきた。精霊の水は効いている」

「そいつはよかった……」

「しばらく、そこのベッドで休ませよう。魔力が徐々に戻っている最中だと思う」

「わかった」


 ゆっくり休ませよう。回復して、また普通に動けるようになるまで、もうすぐそこだ。



  ・  ・  ・



 精霊の水により、レーラは魔力欠乏による死は回避された。


 それを皆に報告しようとしたソウヤだが、まず待っていたリアハに聞かれ『大丈夫』と伝えたら、彼女は泣き出してしまった。


「よかった……姉さん。本当に……」


 リアハは姉のそばにいたいと言ったので、彼女にはそのようにさせた。


「ソウヤさん、ありがとうございました!」


 別れ際に、グレースランド王国のお姫様は頭を下げた。


「おかげで、姉さんが助かりました」

「皆で頑張ったからだ」


 ソウヤは、そう言った後、他のメンバーを集めて、レーラが快方に向かっていることを報告した。


「ようやく……」


 カーシュは目を閉じ、天を仰いだ。感動しているのだろう。戦友であるダルが、そんなカーシュの肩を叩いた。


「よかったですね」


 万歳!――オダシューらカリュプスメンバーも大いに喜んだ。


「おれらの呪いを解いてくださった恩人が、またお戻りになられるんだ!」


 よかった、と口々に元暗殺者たちは顔をほころばせる。ふだん無表情なガルでさえ、その表情は優しかった。


「ま、何にせよ、めでたいな!」


 直接の交流はほぼないものの、ライヤーはそう声を弾ませた。


「聖女様の復活だ! こりゃ盛大にお祝いをしないといけねえわな。なあ、旦那?」

「あ? ああ、そうだな」


 ソウヤは同意した。


「ただし、レーラが目覚めてからな」


 というわけで、お祝いの会の準備に取りかかるソウヤ。飲んで騒いでとなると、料理もかなり消費することになる。


 ミストなどは、ここぞとばかりにベヒーモスやヒュドラ肉のステーキを要求してくるに違いない。


 ――うちの連中は、肩肘張るお食事会より、気軽なものがいいんだろうな。


 焼肉パーティー、つまりバーベキューあたりが無難か。目覚めたばかりのレーラに、はたしてステーキや焼肉は大丈夫かと思わずにはいられないが、そこは別メニューで補おう。


 ――やっぱ食材か。


 生半可な量では足りない気がする。とくに、こちらと接触が多くなった影竜親子が、この機会を逃すとは思えない。


 ソウヤは少し考え、肉の補充を考える。売り物用はたっぷり保存してあるが、それを転用するのもあれなので、適当な場所で魔獣を狩ろうと決めた。


 ジンのもとに行ってたずねる。


「ベヒーモスとか、どこにいるか知らね?」


 バーベキュー、ステーキと説明したら、ジンは言った。


「それなら、ここに多種多様な魔獣の肉があるよ」

「マジか!」

「そりゃ、かつて人間が住んでいたんだ。食料庫くらいあるさ」

「それって5000年前のものじゃないよな?」

「ああ、比較的新しい。量もあるから気にするな」


 ジンは不敵に笑った。


「人が住む場所だからね。クレイマン王の食料庫を侮らないことだ」


 自信たっぷりに老魔術師は言った。食料については、とても頼もしいスポンサーがいたので、お任せする。


 ジンは、さっそくメイドたちを動員した。食料庫から必要になるだろう肉や野菜、果物などを持って、浮遊島の城の前の広場を会場と定める。


 ソウヤも、調理器具を用意して準備にかかった。


 といっても、会場の準備や食材の用意などは、ジンのところの機械人形メイドたちがやってくれたので、ソウヤは、もっぱら作る組に回った。


「ベヒーモスとかワイバーン肉とか……何でもあるんだなぁここ」


 いったいどう手に入れているか謎ではあるが、普通に狩りでもしているのだろうか。


 メイドたちに混じって肉の準備をするソウヤに、セイジが手伝いにきた。


「レーラさん、治せてよかったですね」

「おう。そうだな」

「よかったですよ。ソウヤさんも嬉しそうで」


 何気ない一言だったが、ソウヤはハタとなる。ずっと一緒にやってきた仲間には、わかるのだろう。大切な仲間たちが全員解放されて、その重圧が消えたのが。


「……うん。よかった、本当に」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る