第296話、皆で肉を焼こう


 レーラが意識を取り戻した。時間経過無視のアイテムボックス内にいただけあって、欠乏症状の時間自体は、彼女の中ではわずかな間の出来事だった。

 だから数時間の睡眠程度で回復した。


 これでお祝いの会が開ける。その日の夕方、浮遊島で野外バーベキューパーティーをやった。


 ジンが保存していたモンスター肉がたっぷりとあって、銀の翼商会の肉食勢も、焼き上がる肉やステーキを、特製タレでガッツリやっていた。


「おいしいね、ソウヤー」


 フォルスが、分厚いステーキ肉をペロリと平らげる。ドラゴンベビーたちの旺盛な食欲。影竜と娘ヴィテスは一緒にお食事。ミストはタレたっぷりのステーキをいつも通り食しているが――


「ふむ、これは美味ね」


 ちゃっかり、パーティーに参加していたクラウドドラゴンが、モグモグと焼肉を食べている。


 他のドラゴンたちの勢いが凄いのに対し、ゆったりしっかり味わっていた。人化しているせいか、他と違って優雅ささえ感じさせる。


「アナタたちは、いつもこんな美味なる物を食べていたの?」


 その視線が、ミストと影竜に向き、二人の動きがパタっと止まる。


「決めた。しばらくワタシも、アナタたちと行動する」

「!」


 ミストと影竜が同時に、クラウドドラゴンを見た。表情に乏しいクラウドドラゴンだが、目に恫喝にも似た色があった。


「ソ、ソウヤ……」

「お前からも何か言え!」


 二人が、ソウヤへと助けを求める。やはり四大竜を相手では、彼女たちもただのドラゴンと同じらしい。


 ――そこでオレにふるー?


 確かに銀の翼商会のリーダーをやっている。が、伝説の存在である古竜に、人間ごときが意見してもいいのだろうか。


「……勇者」


 すすっ、と音も立てずに、クラウドドラゴンがソウヤのそばに寄った。間近で見ると、ソウヤと背丈がほとんど変わらない長身美女である。


「一緒に行ってもいいわよね? というか、断ってもついていくから」

「……」


 ソウヤは焼いていた焼肉を菜箸でつかみ、クラウドドラゴンの口元へ運ぶ。パクリとその肉を食べるクラウドドラゴン。


「人間社会じゃ、ドラゴンは恐れられてるから、こっちの指示には従ってくれ。要するに面倒は避けたい。それでよければいいぞ」

「わかった」


 コクリとクラウドドラゴンは了承した。それを見ていたミストと影竜が顔を見合わせた。


「おい、この男、どうなってるんだ? あのクラウドドラゴンに要求したぞ?」

「さすがは勇者……というところかしら」


 形容しがたい表情になる二人のドラゴン。


「魔王を打ち倒したのは伊達じゃないってことよ」

「しかし、四大竜と恐れられるクラウドドラゴンが、ああも素直に頷くなど……あり得るのか? 我々ドラゴンですら、ああも頷かせられないのに」

「これも焼肉……特製タレの力かしら」


 ――お前ら……。


 ソウヤは、またも焼いた焼肉を差し出すと、クラウドドラゴンはまたもそれを食べた。


――同族にああ言われて、反論はないのか、このドラゴンは。


 何だか餌付けしているみたいである。


「ソウヤー、ボクもボクもー!」


 フォルスが、クラウドドラゴンと同じように口元に肉を運んでほしいとせがんだ。――ほら見ろ、子供が真似するぞ。


 そんなやりとりをよそに、焼肉パーティーは楽しく進んでいた。


 回復したレーラの周りには、かつての仲間たちや、彼女に助けられた者たちが集まって賑やかだった。


 グレースランド王国で魔族と戦った時は不在だったが、癒やしの力で治癒されたダルやメリンダは、久しぶりに生きているレーラと会って嬉しそうだった。


「またこうして会話できるようになったのは、大変喜ばしいことです」


 エルフの治癒魔術師は、レーラに頭を下げた。


「私に、あなたほどの治癒の魔法が使えれば、もっと早く助けられた。……自分の至らなさを恥じるばかりです」

「そんな! ダルさんは、よくやってくれていたじゃないですか!」


 レーラはダルの手に取る。


「あの旅だって、あなたがいてくれたから乗り越えてこられました。私ひとりではとても耐えられかった……」

「恐縮です」


 ダルは首肯した。オダシューが、レーラに声をかける。


「レーラ様、皿が空ですな。おかわりをお持ちしますよ」


 カリュプスメンバーたちは献身的だった。彼女には返しきれない恩があると思っているのだろう。


 レーラの横で、微笑んでいるリアハ。さらにその隣に座るソフィアが言った。


「よかったね。お姉さんが元気になれて」

「はい!」


 うっすらと涙が見えるリアハ。でもその表情は明るい。


 本当によかった――ソウヤは、姉妹たちが並んで一緒にいる姿に顔がほころんだ。


 リアハは、石化から解かれたレーラとわずかながら交流を深める機会はあった。だが今回は切羽詰まる事情もなく、ゆっくりじっくりと姉妹の仲を深める時間が取れるだろう。


 ソウヤはそう考え、ふと思う。


 これから彼女たちはどうするのだろうか?


 レーラは、一度国に帰してあげるべきだろう。家族との時間を取り戻し、故郷でしばし休養を取るのがいい。


 そしてレーラの回復という願いが叶ったリアハもまた、姉と共に帰国するのが自然な流れだろう。


 ――そっか、お別れになるかもしれないのか……。


 魔族の残党が何か企んで活動している。しかし魔王はすでに亡く、目に見える範囲でいえば、世界の危機ではない。


 聖女は休ませてあげるべきだ――ソウヤは思う。激務と使命で疲れていることは、想像に難くない。ただ……。


 ――寂しいな。


 もちろん、一生の別れということではないし、ソウヤの元勇者という立場があれば、聖女やお姫様に会うことは難しくない。


 それでも、困難な状況を共にくぐり抜けた仲という関係は、かけがえのないものだ。彼女たちは、ソウヤにとって戦友だ。


 ――さすがにそれ以上の関係では……。


 十も離れた娘たち、と考える歳の差も気になる。


 ――って、ちょっと待て!


 自分でツッコミを入れる。ソウヤは自分が、彼女たちに好意を抱いていたのか、と今さらながら思った。


 彼女たちというと不健全に聞こえるが、勇者時代にはレーラに、今はリアハに対して、『もし』という感情があった。……やっぱり不健全じゃねえか!


「ソウヤー」


 フォルスが追加を要求する。新しく焼き上がった肉を差し出すと、反対側から「ソウヤー」とクラウドドラゴンが口を開けて待っていた。


「お前ェ……」

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