第294話、大精霊のお礼


 島に上陸した。


「ひゃあー……」


 フォルスが、素っ頓狂な声を出した。


「草ボーボー」


 嵐に包まれていた島である。風の壁の中も、ひたすら暴風が吹き荒れていたようだ。風に吹かれ、根っこがみえるくらい引っ張られている木、倒れている草などなど……。


 文明と名のつくものがなくてよかった。生活どころではない、凄惨な光景が広がっていたに違いない。


「大精霊は大丈夫なのか……?」


 ソウヤは思わず呟いた。島の生き物も風に吹き飛ばされたのではないか。おそらくは、雨風がしのげる場所に避難はしていただろうが。


 クラウドドラゴンの起こした嵐は自衛のためとはいえ、この島の生き物にとっては迷惑以外の何物でもなかっただろう。


 ソウヤたちは泉を目指す。場所は、すでに確認済みだ。


 本来は森だっただろう場所は、木々がなぎ倒され、無理矢理作られた道のようになっていた。進むことしばし、先行したリアハたちの背中が見えてきた。


 いたのはリアハ、ソフィア、トゥリパに、カーシュ、ダル、オダシューの6人。


「ボス」


 ソウヤたちに気づいたオダシューが会釈した。


「どんな様子だい? 大精霊は?」

「はい、先ほど分身が泉の本体に帰っていきました」

「すっごく美人だったわ、本体!」


 ソフィアが声を張り上げた。何故、万歳するように手を上げたのか。そんな美少女魔法使いのポーズを、フォルスが真似た。


 ――すぐ真似しようとするところは可愛いなぁ。


 ほっこりするソウヤだった。同じくフォルスを見て微笑んだリアハが、視線をソウヤに向けた。


「いま、大精霊様は泉の浄化をやっています。嵐のせいで水がかなり濁っているそうで……」


 濁っている――ソウヤは眺めたが、見たところ水は綺麗だった。それか浄化作業がかなり進んでいるのかもしれない。


「じゃあ、まだ泉の水は採集していないわけか」

「はい。大精霊曰く、しっかり力を込めた水にするから少し待て、だそうで」

「助けたお礼ってやつよ」


 ソフィアが腰に手を当て、泉へと向き直った。


「これで、聖女様を助けられる薬が作れるわね」

「そうですね」


 遠い目になるリアハ。魔力欠乏の聖女、リアハにとっては姉であるレーラ。大精霊の泉の水を回収すれば、彼女を助ける薬を作ることができる。


 ソウヤは、ついに、という思いになる。アイテムボックスに収容されていた仲間たち、瀕死の者はもういない。ひとり、まだ目覚めていないものの、時間の問題だ。


 レーラさえ助けられれば、ひとまず行商をはじめた目的のひとつは完遂される。


 ――まあ、それで終わりってわけじゃないけどな。


 ソウヤは心の中で呟いた。


 より自由に旅をして、行商をすることができる。まだ見ぬ世界、そして冒険の未来が広がっている。


「お、噂をすればですよ」


 泉を観察していたダルが口を開いた。


 大精霊の泉が光り、そしてうっすらと黒いドレスをまとう大精霊が姿を現した。長い金髪をもった妙齢の女性。背中には申し訳程度に羽があった。


『お待たせ。お、勇者クン、よく来たね。おかげさまで元の体に戻ることができたよ。ありがとう』


 少々エコーがかかった声なのは、念話だからか。黙っていれば美女なのだが、口調が軽過ぎて違和感がある。


『泉の浄化は完了した。キミたちには世話になったからね。水を汲んでいくといい。聖女が復活することを祈っているよ』

「ありがとうございます」


 ソウヤは礼を言った。ダルが瓶に、泉の水を汲んで、きちんとフタで密封した。


『うん、それじゃ、私も忙しいからね。荒らされた島の環境を整えないと色々まずいことになりそうだから』

「まずいこと、ですか……?」

『うん、何せこの島、魔力の通り道だからね』


 大精霊は苦笑した。


『あのドラゴンが魔力を使いまくったおかげで、この辺りの魔力の流れ、ちょっとオーバー気味なんだよ。……キミも変異した化け物が生まれるなんて嫌でしょ?』


 それは嫌である。ソウヤが考えるのをよそに、大精霊がソフィアを指さした。


『あ、いまキミ、どうせ絶海の孤島だから、化け物がでたって関係ないって思ったでしょ!』

「!? いえ、思ってないですよ!」


 慌てて首を横に振るソフィア。大精霊は、ふよふよと泉の上を移動した。


『何も化け物は陸地だけじゃないからね。この島の周り、海の魔物だって異常な量の魔力で凶悪化することもある。そして潮の流れにのって、よその海で暴れまわったら……』

「生態系の変化」


 それまでバランスの上で成り立っていた世界が、とある変化でおかしくなる。それはひとつの種に留まらず、他の種にも影響を与える。


『そう、勇者クンの言うとおりだ。そんなわけで、キミらの世界に悪影響が出ないよう、私が力を貸そう。それをもって、キミらへの恩返しとさせてもらう! ま、直接恩恵はないかもしれないけれど』

「いや、化け物退治も仕事のうちなんで、あんまヤバいのが出ても危ないですから。助かります」

「ボスにしては控えめですね。魔王を倒されたのに」


 オダシューが皮肉げに言うので、ソウヤは苦笑した。


「お前、海の中の化け物と戦う自信はあるか?」

「……ヤバいのは出ないに限りますな」


 急に真面目ぶるオダシューである。ソウヤは肩をすくめる。陸の上ならまだしも、空の上や海の底で戦うなんて、どだい無茶な話である。その手の化け物は出ないに限る。


『こっちでも頑張るよ。ただ、さすがに何もなし、というのは、私も心苦しい。そこで君たちには妖精や精霊の声が聞ける加護を与えよう』


 そう言えと、大精霊はソウヤたちに何やら魔法のようなものをかけた。キラキラとした光が降りかかったように見えたが、それはすぐに消えた。


『それじゃね、勇者と愉快な仲間たち! キミたちの旅路に祝福あれ』


 大精霊は消えた。


 ソウヤは、仲間たちを見回す。皆も半ば困惑顔。


「加護をもらっちゃいましたね……?」


 リアハが半信半疑な顔をする。ソフィアが声を張り上げた。


「精霊や妖精の声が聞けるって、これ何気に凄くない!?」

「凄いかも」


 トゥリパが小首をかしげながら言った。


「でも、こちらにはお構いなしでしたね」

「まあ、大精霊だからな。人間とは感覚が違うんだろ」


 オダシューが真顔で言えば『聞こえたぞー!』と大精霊の声がした。


「別に悪口じゃありませんぜ」


 泉に向かって頭を下げるオダシュー。ソウヤはダルを見た。


「妖精や精霊の声とかって、エルフは聞こえるんだっけ?」

「全員ではないですが、聞ける者もいます」


 エルフの治癒魔術師は答えた。


「でも、聞こえるようになったのが本当なら、まあ、悪いことはないんじゃないですか」

『いいことだぞ!』


 またも大精霊の声。フォルスがケタケタと笑い出した。


「いないのに、声が聞こえるー」

「まあ、もらえたなら、それでいいか」


 ソウヤは大精霊の泉に一礼した。――泉の水、ありがたく使わせていただきます。

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