第269話、ワイバーンと遭遇


「はいはい、まさか空の上で襲われることになるとはな!」


 ソウヤは、ゴールデンウィング二世号の船橋にいた。後ろでは操舵輪を握るライヤーがいて、飛空艇に迫る二頭のワイバーンへ視線を向けている。


 全長が五メートルから十メートル。ワイバーンの小グループが、飛行しているゴールデンウィング二世号に対して、攻撃を仕掛けてきた。


 ソウヤは伝声管に叫ぶ。


「右舷、電撃砲、撃て!」


 電撃が砲からほとばしる。紫電が走り、翼を電撃に裂かれた一頭が錐もみしながら海面へと墜落していく。


 艦首上面の旋回電撃砲も、上方を飛ぶワイバーンに電撃弾を浴びせている。


「動き方がいやらしいな!」


 ワイバーンは正面から飛んできた弾を、ふっと力を抜いて下降してやり過ごした。一度落ちた高度を取り戻すべく、翼を羽ばたかせる。


「ああやって上昇しようとしているところが狙い目だぜ、旦那」


 ライヤーが、取り舵をとって船を旋回させる。


「重力に逆らうってのが、一番力が必要なんだからな!」

「各砲座、上昇時を狙え。そこが狙い時だ!」


 助言をただちに、砲座にいる全員に知らせる。闇雲に撃てばいいというものではないのだ。


「さて、どうしたものか」


 ソウヤは眉をひそめる。まだ複数のワイバーンが周りを飛行し、機会を窺っている。


「ライヤー、エンジンを全開にしたら、ワイバーンを引き離せるか?」

「ジイさんの言うとおりの性能が出るなら、引き離せるだろうよ」


 ライヤーも渋い顔をした。


「飛空艇に載せる前に、出力全開でテストしているから問題はないと思うが……実際に船に載せた状態で、まだ全速を出したことがないんだよな!」

「反対か?」

「もしトラブったら、引き離すどころじゃなくなる」


 ヘタしたら空中で動けなくなる。電撃砲があるとはいえ、敵からは狙いやすい標的になるだろう。


「エンジンがイカレたら、ミストに引っ張ってもらうしかないな」


 ソウヤがチラと振り返れば、ライヤーはニヤリとした。


「他に何か不安要素あるか?」

「いいやないね! 了解! ジェットエンジン、出力最大!」


 ライヤーが出力アップのバーを操作し、ゴールデンウィング二世号はグンと速度を増した。


 通常の飛空艇を軽く凌駕するスピードが出る。ワイバーンも負けじと下降による速度アップで追いすがる。


 逃げ切れない! そう思われたのはわずかの間だった。やがて息を切らしたように、一頭、また一頭と脱落して高度が落ちていく。


「よっし、逃げ切れそうだな!」


 ライヤーが笑った。出力バーを戻しつつ、彼は伝声管に呼びかけた。


「フィーア! エンジンはどうだ!?」

『異常なし』

「そいつは結構。引き続き、様子を見ておいてくれ。異常があったら知らせろ」

『了解』


 返答を確かめた後、ライヤーは顔を上げた。


「旦那、いまのところエンジンも大丈夫そうだ」

「それはよかった」


 まだ見張りは必要だが、ワイバーンはもう追ってこなかった。ソウヤは一息ついたが、もう見えなくなりつつある飛竜の集団の方向を眺める。


「どうした、旦那? まだ追ってくるかい?」

「いや、それはなさそうだ。ただ……」

「ただ、何だよ?」

「こんな島もない海上で、ワイバーンの集団に出くわすとはね」


 違和感。ソウヤが眉をひそめる一方、ライヤーは首をひねった。


「……確かに、妙だな。あいつら、あれで長距離飛行ってのは得意じゃねえから、海を渡るのは一年に二回あるかないかだぜ」

「いまがそのテリトリー移動のシーズンか?」

「おれはワイバーン博士じゃねえけど、違うんじゃねえか? その手の移動は体力温存のために、他のもんにちょっかい出したりはしねえって話だ。だけど現実は――」

「そうだ。こっちは何もしてねえし、そこそこ離れていたはずなのに、襲ってきやがった」


 ソウヤは腕を組んだ。船橋へミストが上がってきた。


「敵意は剥き出しだったわね」

「ドラゴンさんは、そう感じたのかい?」


 ライヤーの問いに、ミストは肩をすくめた。


「突っかかる狼程度にはね。ワイバーンは低脳だから、ワタシにもその考えはわからないわ」

「へぇ、ドラゴンとワイバーンって、似てると思うんだがね」

「おい、馬鹿。やめろライヤー――」


 ソウヤは、彼の発言に血相を変える。だが遅かった。ミストが獰猛な笑みを浮かべた。


「ドラゴンとあの低能のどこが似ているってェ? んん? 手足の数も数えられないのかしらぁ?」


 ドラゴンとワイバーンは別の生き物だ。元の世界でも両者を同じカテゴリーにいれて紹介している本もあるが、『高貴なるドラゴン』からすれば、空を飛ぶトカゲと一緒にされるのをトコトン嫌う。


 言い方は悪いが、人間と猿を同列に並べると、普通は不愉快に感じる、それと同じである。


 どうやら失言だったらしいと察したライヤーはペコペコとミストに謝る。


 ――何が地雷だったのか、わかってねえんだろうな。


 ただ、何となく感じてはいるだろう。ソウヤは飛び火は嫌なので、顔を明後日の方向に向けて部外者を決め込む。


 ――それにしても、何だったんだろうな、あのワイバーンたち……。


 釈然としないものを抱えつつ、ゴールデンウィング二世号は飛ぶ。

 しばらく飛行を続けていると、目的の島が見えてきた。


「……島?」


 ソウヤは目を疑う。近づくにつれて、その大きさに首をひねる。


「大陸の間違いじゃないのか?」

「いいえ、島よ」


 ミストは断言した。


 岩地だらけなのか、灰色の陸地が続いている。普通、島というと空から一周を見渡せるというイメージがあったが、ソウヤの見ている島は、向こう側の海が見えなかった。


「旦那、言わなかったっけ? ウィスペル島は巨大だって」


 ライヤーが言えば、そういえばそんなことを言っていたかも、とソウヤは思い出した。


 そのウィスペル島には緑があまり見えないだけで、どうにも寂れた印象を受ける。


「ここから、帰れた者はほとんどいない……か」


 果たして何が待っているのか。目的のクラウドドラゴンが襲ってきたのか。理由はわからないが、そのドラゴンに会わないことには始まらなかった。

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