第270話、クラウドドラゴンを探して
「いないわね……」
「いないですねー」
ソフィアとリアハは、ゴールデンウィング二世号の右舷側を見ていた。どこまでも不毛な大地が広がっているウィスペル島。岩地と山と峡谷だらけで、生き物の姿はほとんど見かけない。
一方、左舷側を見張っていたカーシュとダルだが。
「……見えた?」
「いんや、遠距離視野の魔法でも、ドラゴンの姿は見えないねぇ」
ダルは目の上に手を当ててひさしを作りながら、遠方を臨む。
「古竜に会えるかもって、期待していたんだけどねぇ」
エルフの治癒魔術師が呑気な調子で言った。カーシュは呆れたが、口には出さず見張りを続ける。
そして船橋では、ソウヤとライヤー、ミストがいた。
「ダメね。この辺りに、クラウドドラゴンの気配を感じないわ」
ミストでさえ、これである。ソウヤは嘆息した。
「珍しくお出かけしているタイミングにきてしまったかな……?」
ライヤーはマスト上に繋がる伝声管に呼びかける。
「見張りー、ドラゴンは見えるかー?」
『まったく見えない』
船で一番高い場所にある見張り台にはガルがいた。空を飛んでいるので、デッキからでも見えるのだが、マストの上は360度、視界が広いのだ。
「テリトリーを侵犯すりゃあ、向こうから出てくるものだと思ったが」
「その考えは正しいわ、ソウヤ。ドラゴンは自分のテリトリーに入られるのが嫌いだからね」
「そうなると、この辺りは、まだクラウドドラゴンのテリトリーじゃないのか?」
「……いた気配はするのよ」
ミストは、しかし要領を得ない顔をしている。
「けれど、この辺りにはいないような気がする」
「いったいどこにいるんだ」
「もうしばらく様子を見ましょう。もしかしてまだ寝ているだけかもしれないし」
それもそうだ、とソウヤは思った。
「ライヤー、適当に飛ばしてくれ」
「はいよ、ボス」
返事をするライヤー。ソウヤは後を任せると甲板に降りた。船首近くにある船の魔力制御室へと向かう。
古代文明時代の船である。その設備の作動や動作の多くに魔力が使われる。この部屋はその魔力の供給や制御などを担当する。
「爺さん、いいかい?」
室内にはジンがいて、魔法機械の端末をいじっていた。
「ソウヤか、何かあったかね?」
「今のところは何も。そっちはどうだ?」
「魔力生成装置と繋いで動作確認が済んだところだ。これでこの船は、防御用の魔力障壁が張れる」
「間に合ったか」
何せこのウィスペル島にはどんな危険があるかわからない。クラウドドラゴンに襲われるかもしれないが、その時に直撃を受けて撃沈されないように、守りも固める必要がある。
「ワイバーンに襲われた時は、キモを冷やしたぜ」
その時は、まだ魔力障壁の機能が復活していない状態だった。マストや展開翼などを損傷して、航行に支障が出たり、船体に傷がつく可能性だってあった。
「飛竜が、ブレスを吐かなくてよかったな」
ジンが皮肉げに言った。
「ただ、障壁はあるが、あまり過信しないでくれ。直撃を防げるのはある程度までだ。障壁が耐えられる攻撃には限度がある」
「それ以上の威力をぶつけられたら?」
「いくらか軽減するだろうが、船体が損傷する。当たり所によっては、墜落するほどのダメージになるかもしれん」
「……クラウドドラゴンのブレスに耐えられるか?」
「さあ、クラウドドラゴンのブレスがどれほどの威力か見たことがないからね」
老魔術師は首を振った。
「いっそ、ミスト嬢に霧竜になってもらって、ブレスを撃ってもらうか。それならある程度の参考になるのではないかな?」
「きつい冗談だ。障壁を貫通されたら、ミストのブレスで船が壊れる」
何にせよ、最低限の防御は手に入れた。何もないよりマシだ。
「そもそも、まだクラウドドラゴンと一戦交えるのが決まったわけじゃないからな」
「戦わないほうを願っているよ。伝説の古竜が相手なんて冗談じゃないからね」
ジンは頷いたが、ふとソウヤを見た。
「そういえば、面白い装置があったぞ。……レーダーだ」
「レーダー!? それって、あの、敵の位置がわかるとかいう現代技術――」
「現代というか、20世紀半ば……第二次世界大戦の頃にはもうあった。いわゆる電波を飛ばして、返ってきた波を拾って位置を測る装置だね」
元は日本からの転移者であるジンは説明した。
「もっとも、この船のレーダーは電波ではなく、魔力を飛ばす。電波探信ならぬ、魔力探信だな」
「何にせよ、空中の移動するものを見つけやすくなるってことでいいか?」
「そういうことだ。もっとも、確認できる範囲には制限があるから、索敵範囲の限界はあるがね」
ジンは装置のひとつを指さした。
「その円が、レーダースコープだ」
「ああ、ゲームとか映画で見たことがある!」
「スイッチを入れて、魔力を一定周期で発信……」
するとスコープに反応があった。
「お、さっそく見つけたの……か?」
ソウヤは期待してスコープを見たが、表示された光点はひとつではなかった。
「ふたつ?」
「そのようだ」
ジンは椅子の位置を変えて、レーダースコープを凝視する。
「距離はおよそ50キロ。動いているな。こちらに向かっている移動目標がふたつ」
「いったい何だ?」
「残念ながら、この魔力レーダーは、移動物体を捉えても、それが何かまではわからない仕様だ」
ジンは眉を吊り上げた。
「ただ、反応の強さから、そこそこ大きい物体だと思うね」
「ドラゴン、それかワイバーンが二頭ってか」
ソウヤは近くにある伝声管を引っ張った。
「ブリッジ! 聞こえるか?」
『どうした、旦那?』
ライヤーの声が聞こえた。
「そこにミストはいるか? この船に移動する物体が二つ。魔力眼で至急探ってくれ!」
ソウヤはジンから、移動物体の方位とおおよその距離を伝える。
ややして、伝声管からミストが返事した。
『ソウヤ、言われた通りの場所を見たけれど、クラウドドラゴンではないわ!』
――だろうね。クラウドドラゴンが二頭いるなんて聞いていないから。
『信じられないけれど、飛空艇が二隻。こっちへ向かってる!』
「飛空艇!?」
どういうことだ?――ソウヤとジンは顔を見合わせた。
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