第261話、女たちの温泉その2


 リアハは、ソウヤのことが好きなの? というソフィアからの問いに、当のリアハはびっくりしてしまう。


「へ!? え、なんでですか!?」


 ばっ、と立ち上がったリアハ。飛んだ湯を払いながら、ソフィアとトゥリパは、グレースランドの姫を見やる。


「だって、ねぇ……」

「リアハ姫は、恋する乙女みたいな目で、ソウヤさんの話をしてたわよ?」

「どんな目ですか!」


 生真面目に返しつつ、リアハは自分の指と指を合わせる。


「そりゃ、格好いいなって思いますけど……そういう、恋とかそういうのじゃ……」

「えー、そうなのぉ。わたし、てっきり、リアハはソウヤが好きなんだとー」


 ふざけた調子でソフィアが天を仰いだ。


 うわ、ウザっ、とトゥリパは思ったが口には出さなかった。態度はともかく、内容は気になる。暗殺者といえど、トゥリパは女性だった。


「でも、ソウヤさんって、凄いじゃないですか! グレースランドを魔族から解放した時も、このあいだのゴブリン軍団を討伐した時だって、正直無理じゃないかって時でも涼しい顔で解決しちゃうじゃないですかっ!」

「ムキになっちゃってー」

「ソウヤさんのことになると饒舌になるわね、リアハ姫」

「む、ムキになんてっ」


 ザバッと勢いよく座り込むリアハ。その顔はのぼせたように真っ赤になっていた。


「ウブよねー、リアハは」


 お姉さん風を吹かしているソフィア。そこにトゥリパの目が光った。


「そういうソフィアはどんな調子よ?」

「は? わたし?」


 びくり、とするソフィアに、トゥリパは近づいた。


「あなたはどちらを狙っているの? ガル? それともセイジ君?」

「はいーっ!? ど、ど、ど、どうしてそうなるのよ!?」


 リアハ以上にオーバーリアクションを見せるソフィアである。朱に染まったその顔は、明らかに動揺している。


「気づかないとでも思っていたの? ソフィアも大概よね」


 トゥリパはニコニコ顔が責め立てる。


「ガルを見かけると視線がそちらに行くし、かと思えば、セイジとはよくお話しているでしょ」

「ガルは別にそんなじっと見つめてないしー」


 ソフィアが明後日の方向へ顔を逸らすが、説得力は欠片もない。


「セイジは、弟? みたいなものよ。そう、年下のお友達で、別に恋愛とか、そういうのではないわ」

「……そういうの、本人の前で言ったらすっごく落ち込むと思う」


 心なしか悲しそうな顔になるトゥリパ。


「セイジ君、ソフィアに気があるから、ショックだろうなー」

「セ、セイジがわたしに!?」


 素っ頓狂な声をソフィアは上げた。赤面の度合いが増している。


「気づいていなかったの? ソフィアって案外鈍感?」

「い、いえ、気づいてたわよ。そう、セイジったら、わたしのことをチラチラ見てたのよ」


 ソフィアはそっぽを向くように顔を振った。トゥリパはとぼけた調子になる。


「気づいていたの? それにも関わらず、気づかないフリをしていたのなら、あなたも罪な女の子よね」

「……ふふ」


 リアハは思わず口元を手で隠す。笑みがこぼれてしまったが、それをソフィアは見逃さなかった。


「あー、リアハ、いま笑ったー!」

「いえ、笑ってませんよ」


 取り繕うが、顔がほころんでしまう。


「ウソだー! 絶対、笑ったわ。もういい、リアハがソウヤのことを好きだって、本人にチクってやるわ!」

「ちょっ、それはひどいっ!」


 慌てるリアハだが、ソフィアは腕を組んで口をへの字に曲げる。


 と、その時――


「へぇ、いったい何をソウヤにチクるって?」


 いないはずの声が聞こえ、ソフィアはギクリと肩を震わせた。


 ソウヤたちとダンジョンに行っていたミストが、温泉に参上。ソフィアの背後に立っていたのだ。


「気になるわね。ワタシにも聞かせてよ」

「え……いやー、別に、何でもないですよ、ミスト師匠!」


 嫌な予感しかしないソフィアは、温泉から撤収することを決めた。立ち上がり、湯から出ようとしたところ、ミストに捕まった。


「教えなさいよ。何ならここでしてあげてもいいのよっ!」

「ダメですって――いやぁぁぁ!」


 ソフィアの悲鳴が響いた。あまりにあまりな光景が繰り広げられ、リアハとトゥリパは湯の端で戦々恐々と見守ることしかできなかった。



  ・  ・  ・



「でー、オレが何だって?」


 露天風呂に浸かりながら、ソウヤは問うた。


 同じ湯に入りながら互いに背中を向けている格好のミストは言った。


「さあね。教えない」


 すまし顔のミストである。ソウヤはため息をつく。


「店の人から、騒ぎ過ぎないようにって小言くらったぞ。……そりゃ、ここの露天風呂は混浴で、お貴族様がお肌の付き合いやらをやることはなくもないって話だけど」


 それだって限度がある。ソウヤが温泉に入る前に、銀の翼商会の女性陣がちょっとした騒ぎを起こしたらしいのは聞いている。


「女同士で何やってるの」

「聞きたい……?」


 悪戯っ子めいた顔で、視線を寄越してくる黒髪美少女。ソウヤは顔を合わせない。


「聞きたくない。聞きたくないー」


 それ以上追求すると、藪から蛇が出てきそうなので、やめておく。


 ポカポカの温泉に身を委ね、ソウヤはホッと息を吐いた。――やっぱ、温泉っていいわ。


 なお、現在、温泉を使用しているのは、ソウヤとミストのみ。先に入った女性陣も、さすがにもう出ている。ソフィアが湯あたりを起こした程度に長湯だったのだ。


「たまの温泉ってのはいいなあ」

「そうね。のんびりできるわ」


 ミストはヘリにもたれて、天を仰いだ。夜の帳が降りて、星々がまたたいている。


「綺麗だな」

「そうね」


 そこにあるのは見慣れた星空なのに、どうしてだろう。ソウヤと一緒に見ていると、何だか特別な感じがしてくるミストである。


 ひとりで見上げただけでは、何も感じなかったはずなのに。


「誰かと一緒にいて、共有するというのは、いいものかもしれないわね」

「……何だって?」

「独り言よ」


 孤独を好むドラゴンに、共有という感情は、普通は存在しない。

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