第260話、女たちと温泉


 温泉宿クレッセント。そのVIP専用温泉にソフィア、リアハ、トゥリパの三人がいた。


 ソウヤたちが巨人族騒動を片付けたという報告を、転送ボックスで受けたので、ようやく羽をのばす格好だ。


 さすがに、ダンジョンでの問題が解決する前から休息モードに入ることはなかった。


 何かあった時のために応援に駆けつけられるように待機していたソフィアたちだったが、その必要もなくなったので、一足先に温泉を堪能しているのである。


 ――ミスト師匠が来る前に……!


 ソフィアは割と本気でそう考えていた。リアハが、皆が来るまで待つべきでは、と思っているようだが……。


「リアハ、あなたはミスト師匠の恐ろしさを知らない」

「ミストさん、ですか……?」


 キョトンとするリアハ。ソフィアは半眼になる。


「あの人はね、同性でも構わずの体をお触りしてくる、イヤラシイ人なのよ」

「そ、そうなのですか……?」


 苦笑するリアハであるが、それをみて『やっぱりわかっていない』とソフィアは思う。


「あの人はわたしから授業料と称して魔力を持っていくのだけど、その手つきが、ほんっとうに、こうイヤらしくて――」


 こう、わきわきと胸を……と自分の胸で軽く実演してみせる。へぇー、とリアハがその様子をみて、少々顔を赤くしているが。


 ――何だかイライラしてくるのだわ。


 ソフィアの中で邪な気持ちが込み上げる。何故、自分だけがミストにお触りされて、リアハにはそれがないのか。


「理不尽」

「はい?」


 魔法を教わるという対価である、という約束とはいえ、リアハも一度は経験すべきではないか、とソフィアは思った。


 そうすれば、今のように他人事のように済ませられないだろう。


「やるか」


 ソフィアは言うや否や、隣のリアハに抱きついた。


「え、はっ!? ちょ、ソフィア!?」

「いいリアハ? ミスト師匠はねぇ……」

「どこを触ってるんですか!? ちょ、やめてくだ――あっー!」


 双方大きく動くものだから、水しぶきが派手に上がった。他に客がいないとはいえ、マナーとしてはあまりよろしくない。


 ひとり体を洗っていたトゥリパは、ふたりの上流階級美少女が、少々ラフなボディタッチをしている様をニコニコと見ていた。


「……ミストさんって、ああいうことをソフィアにしているのか……」


 ひとり呟くトゥリパだが、おそらく自分にはそういうのはないだろうと冷めた気分になる。


 トゥリパの体格は、同性の中では平均よりやや上という自負がある。しかし、比較対象がリアハやソフィアとなると、『普通枠』で収まってしまう。


「まあ、見せる相手もいないから、いいんだけど」


 自分は殺し屋。日常に溶け込み、笑顔で標的を殺すことに特化している。そのためなら、ソフィアのように恵まれた体である必要はない。……必要はないのだが。


「何だか、苛立つのは何故なのか……」


 体を洗い終わったトゥリパは、するりと温泉に侵入した。湯の熱さに一瞬、いつものニコニコ顔が崩れ欠けたが、すぐに慣れる。


 リアハの背後に周り、その豊かなボディラインをくっつけているソフィアの後方に回り込むトゥリパ。標的の首を音もなく切り裂く要領で取り付くと一気にソフィアに襲いかかった。



  ・  ・  ・



「油断したわー。ほんと、油断した」


 ソフィアを真ん中に、右にトゥリパ、左にリアハが並んで温泉に浸かる。


 おふざけをやめて、まったり空気を満喫中。


「トゥリパの笑顔が怖いって、初めて実感した」

「そうかな?」


 トゥリパは、いつものニコニコ顔。いつも静かに笑っている印象があって、それ以外の表情はあまり人には見せない。


 リアハは頷いた。


「トゥリパさんは、いつも笑顔ですよね。そういう所は、見習いたいなと思います」

「そんなことを言われたのは初めてだよ」


 トゥリパの笑みが心なしか苦笑になる。


「『お前は何を考えているのかわからないから、気持ちが悪い』そう言われたことならあるけど」

「そうなんですか?」

「そうなのよ。でも、殺し屋なんて、何を考えているか悟られたらおしまいだから、あたしは変えようとは思わないけど」


 ニッコリ笑って、敵を始末する。油断を誘い、不意打ちで仕留める。それが必殺のスタイル。


 と――


「ごめんなさい。反応に困ること言ったわね」


 貴族令嬢とお姫様を前に、暗殺者どうこうと言うのは、あまりよろしい話題ではない。自分語りをするようなら暗殺者として失格だと思うトゥリパである。


「でもリアハ姫の笑顔は素敵だと思う」

「ほんと、わたしもそう思う」


 ソフィアが同意した。それに対して、リアハは自嘲する。


「私のはお飾りみたいなものです。……王族として、聖女の妹として、周囲に暗い顔を見せてはいけないって」


 民の前で、見せてはいけない顔というものがある。グレースランド王国の姫としてもだが、姉がいなくなった後は、とくにリアハは周囲からの視線に対して常に備えていた。


「あー、全部とは言わないけど、そこそこわかる」


 ソフィアが嘆息した。


「わたしもさ、貴族の娘だからさ。人前では愛想よくしろって、よく言われたわ。特に貴族の集まりに出る時とか最悪」

「ですよね-」


 リアハは苦笑した。


「何か特別なことはしなくていいから、笑みを絶やすなって言われたり」

「そうそう」


 こういうところで、ソフィアとリアハはよく意見の一致をみる。


「ソウヤさんも、そういうところありますよね」


 唐突なリアハのそれに、ソフィアは目を丸くする。


「え? ソウヤ?」

「あの人、魔王を倒した勇者じゃないですか。少し前に姉さんと話す機会があって言ってたんですけど、勇者としてソウヤさんは常に前向きで、人前では弱い顔をしなかったって」


 リアハは言った。


「人々の希望として、そういうところは見せないようにしているんだって理解したんですけど、短いながら一緒にいて、色々な表情を見せてくれたんです。でもやっぱり大変な時は、とても頼もしくって……。いいなって思って――」


 ソフィアとトゥリパは顔を見合わせた。


「ひょっとしてリアハって、ソウヤのこと好きだったり……?」

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