第259話、温泉宿に泊まろう
ダンジョンにまだ巨人族がいないか確認作業が行われた。しかし、オーガなどの混成は見つからず、冒険者たちは解散となった。
ギルド長のモッシマーが、何があったのか調べてみると言った。帰還するクリュエルの冒険者たちから離れて、ソウヤたちは目的でもあったダンジョン内にある精霊の泉へと足を運んだ。
「小さい」
ソウヤはそんな感想を抱いた。泉というだけあって、大きくはない。ミストとソウヤが精霊の泉だと言わなければ、さして気にも留めない程度の規模だ。
「大精霊は……いないか」
「巨人族騒動で騒がしかったからね」
ミストは皮肉げに言った。
「いたとしても、早々に別の場所に移動したかもしれないわよ?」
「ここもはずれ」
ソウヤは精霊の泉の水を採取した。何かの素材になるだろうか。
――世界の精霊の泉巡り、そのお土産に泉の水を回収……なんちゃって。
大精霊がいないので、ソウヤたちも引き返した。帰りの道中、ミストが言った。
「ソウヤ、次も精霊の泉を探すのよね?」
「ああ、当面は、そっちで行く」
「なら、やっぱりあの不自然な嵐に包まれた島も?」
グレースランド王国で見た世界地図。精霊の泉のある場所を、ソウヤの勘で指し示した。それ。ミストと一緒に飛んでいけば、島は不可解な嵐に包まれていて、捜索を断念したのだ。
「嵐が晴れているといいな」
「そうねぇ」
ミストも同意した。ライヤーが話に入ってきた。
「じゃ、行くだけ行っちまう? ゴールデンウィング二世にも新型エンジン積んだし、実際の飛行テストもしたいし」
「のんびりお空の旅もいいかもな」
そうしよう、ということで話は決まった。
クリュエルの町に戻り、セイジたちと合流。巨人族騒動の話は聞いていたらしく、労われた。
「大変でしたね。大丈夫でした?」
「まあ、そこまで難しくなかったよ」
そして手配された宿へと向かう。『クレッセント』という名前の宿らしい。
温泉宿ということだが、見た目は何故か和風の建物だった。
――ひょっとして、転生してきた日本人とか関係してるんじゃね?
ソウヤは思った。もしそうだとしたら、料理についても期待できるかもしれない。
「おかえりなさい、セイジ様」
宿泊手続きをしたからだろう、スタッフがセイジに頭を下げた。外装は和風だが、中はそうでもなかった。どこかのホテルのロビーのようで、明るく、清潔感に満ちている。
セイジについていく。彼いわく、部屋はVIPが泊まる最上級ルームらしい。
「最上級!」
「ソフィアが、王族と貴族が宿泊するのだから当然よね、と言っていました」
――オレは許可したおぼえはないが……。
もっとも、彼女たちとて許可されたおぼえもないだろう。
しかし、物は考えようだ、と思う。皆、よく働いてくれているし、国ひとつを救ったりと色々あった。奮発した社員旅行と思えば悪くない。むしろ、皆を労うくらいをしないと責任者としてどうなのだ、と思うのだ。
VIP待遇の部屋に泊まったくらいで、経営が傾く銀の翼商会ではない。
「……まずかったですかね?」
セイジが心持ち不安げな表情になっている。ソウヤは首を横に振った。
「いいや。問題ない。リアハがいるから、王族っていうのも間違っていないしな」
快くソウヤが了承すれば、セイジもホッと息をついた。
「それにしても、最上級部屋なんて、飛び込みで泊まれるものじゃないだろう」
大抵は予約とか事前に話を通しておかないと使えないのではないか。
「何かやらかしてないよな?」
無理を言ったり、あるいは騒ぎを起こした後とかだったら、銀の翼商会の看板によろしくない。
「それが、非常にいいタイミングで空きが出たみたいなんです」
セイジは意味深な笑みを浮かべた。
「ダンジョンで巨人族のスタンピードが起きている……そう聞いた前の主は、部屋をキャンセルして逃げ出したみたいです」
「なるほど」
クリュエルの町に危機が迫っているかもしれない、そう判断して、さっさと逃げたか。宿からしたら、ちょうど空いてしまった部屋が即埋まったということで、満更でもないかもしれない。
「それじゃ、楽しまないと損だよな」
せっかくの温泉宿である。ダンジョンでの騒動が終わった後なので、ゆっくり骨休めをしよう。
食事の準備などをしなくても済むのは、いいことだとソウヤは思った。
・ ・ ・
「ふぁあ~、温泉なんて久しぶり過ぎる~!」
ソフィアは湯船に浸かりながらノビをした。クレッセントの温泉は屋外、つまり露天風呂だ。
一般客用とVIP用で風呂が分かれていて、ソフィアたちが使っているのはVIP用の温泉風呂。
なお、男女混浴仕様。最上級部屋は銀の翼商会で独占状態である。
そしていま、ソフィアの他、リアハ、トゥリパがVIP用温泉を使用中。ハノは、カーシュと部屋のほうにいて、浴場にはいない。
「こういう公衆浴場を使うのは初めてです」
リアハがソフィアの隣に座った。均整のとれたプロポーション。姫騎士様は、鍛えているというが、女性的な体のラインが崩れていないのは見事というほかない。
――胸の大きさは、わたしのほうが勝っているわね……。
ソフィアはそれを口には出さず、友人ともいうべきリアハを見た。
「リアハは、おっ姫さまだもんねー。やっぱお風呂は王族専用?」
「ええ。なので、複数で入ること自体、珍しいんですよ」
騎士として鍛錬の後など、汗を流す時も、基本ひとりで、後は侍女がお手伝い程度だったという。
「銀の翼に来て、初めてだったんですよ、他の人と一緒に入るのは」
アイテムボックスハウスにも風呂はある。ソウヤが風呂は大事と、男用と女用があって、商会の人間は皆、利用していた。
「普段からお風呂が使えるのはいいわ。でも、温泉はそれとはまた違っていいわね!」
ソフィアは、顔をとろけさせる。
「外でノビノビと入るのも、たまにはいいわね」
「でもよかったんですか?」
リアハは首をかしげた。
「私たちだけで先に入っちゃって――」
「いいのよー」
ソフィアは手をヒラヒラと振った。
――特にミスト師匠がいないうちに済ませておきたいのよ、わたしは!
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