第253話、その頃、アイテムボックスの中では


 銀の翼商会は、カルデインの町からゴブリン軍団撃退と、その巣の排除の功績から報酬を受け取った。


 依頼を受けたわけではないが、銀の翼商会が介入しなければ町は多大な被害を受けていたに違いない。それを考えれば、軽微すぎる損害で治まったので、そのお礼ということだった。


 カルデインの町に対して銀の翼商会は好印象を与えたので、次に来ることがあれば、商売においてもよい関係が結べるだろう。


 精霊の泉を求めて西進。が、その間にも、アイテムボックス内では時間が流れていく。


 まず、影竜の子供たち。オスとメスが一頭ずついるのだが、オスのほうに、ソウヤは懐かれてしまった。


「こいつ、やたらとオレに絡んでくるな」


 定期的に食事として肉を運んだから、影竜以外でドラゴンベビーが会う唯一の存在だったせいかもしれない。


『生まれた直後に、お前のことを見たから、家族と思われたようだ』


 などと影竜が言った。こちらはもう一頭、メスのほうがベッタリである。


「家族?」


 鳥とかにある刷り込み現象だろうか、とソウヤは思った。生まれたばかりの鳥が最初に見たものを親だと思い込むとか、いうもの。


「おっ、オレを乗せてくれるのか?」


 尻尾を絡めて、ひょいとソウヤを背中に乗せると、ドラゴンベビーはそのあたりを駆け回りはじめた。


 アイテムボックス内だが、影竜のテリトリーは広めに設定してあるので、ベビーが走り回る余裕はあった。


「こいつは将来、有望だな」


 健康そうで何よりだが、人間であるソウヤに懐くのだから、将来、人に優しいドラゴンに育つかもしれない。


 ドラゴンベビーが何事か言った。しかし人間の言葉ではないから、ソウヤには理解ができない。だが何となく楽しそうなのはわかる。


「そうなると、やっぱ名前があるほうがいいよなぁ」

『それならつけたぞ。そっちがフォルス、こっちがヴィテスだ』


 影竜が教えてくれた。いま、ソウヤが乗っているオスがフォルス。メスがヴィテスらしい。


「意味は?」

「『強さ』と『速さ』だ」

「……いい名前じゃないか」


 可愛らしさとはほど遠い感性だと思いつつ、ドラゴンの名付けだからこんなものかと、ソウヤは納得した。


 あまり名前をつけない種族で、影竜にしても初めてだったに違いない。一応意味のある名付けだったのだから、よしと受け取るべきだろう。


 意味のない言葉だと言われたら、それこそどう反応すべきかわからなくなるところだった。


「行くぞ、フォルス!」


 声をかければ、自分のことと理解しているのか、フォルスがひと声鳴くと、影竜のほうへ向きを変えて突進した。


「おいバカ、どこへ行くー。うわあああっ!」


 激しく母竜に激突。ソウヤはポーンとフォルスの背から飛ばされた。頑丈なソウヤでなければある意味やばかった。


 一方のフォルスは、ケタケタと笑っていた。



  ・  ・  ・



 その二。アイテムボックス内で保護し、聖女の力で復活した仲間たち、そのうちの二人の意識が戻った。


 メリンダとコレル。前者はエンネア王国とは違う国の女騎士。後者は猛獣使いの青年だ。


 目覚め待ちだったうちの二人が復帰したことはとても喜ばしい。だがそう思っていたのはソウヤと同じ仲間だったカーシュだけで、当の二人は生還を喜ぶ雰囲気ではなかった。


「十年……」


 そう聞いたメリンダは、心底落胆した。


「魔王はもういない……。でも十年も経ってしまった……。ぜったいあの人は、別の人と結婚を――」


 などと、暗黒面に落ちそうな顔をして落ち込むメリンダ。勇者パーティー時代は、騎士の手本のような真面目で明るく、紳士的な女性だったのだが……。


 カーシュが呟いた。


「そういえば、故郷の恋人の話を聞いたことがあるよ。あの時も結構、自分の歳を気にしていたし」


 当時、二十五歳。二十頃には結婚しているのが普通と言われる世界だったから、彼女自身は二十五のままだが、外からすれば三十五扱いということで。


 そしてもうひとりのコレルだが……彼はより深刻だった。


「……なんで、オレだけ助かったんだ」


 人間に対しては大ざっぱ、しかし魔獣に対しては細かな気づかいと愛情を見せていた青年は、表情の欠落した顔を向ける。


「なんで、あいつらを助けてくれなかったんだ……」


 勇者パーティーで共に戦ったコレル。彼の魔獣たちは、その戦いの中で、主であるコレルを守り、死んでいった。


 愛する魔獣らの死を目の当たりにし、自分もまた瀕死の傷を負ったことで、一緒にあの世に行ける――どうやら彼はそう思っていたらしい。


 だが現実には、アイテムボックスへの収容が間に合ったのは、コレルのみ。家族同然の仲間を全員失い、自分だけ生き残ったことが、彼には辛すぎた。


 ソウヤがかつて聞いた話では、彼の家族はこの世にいない。魔獣だけが彼の拠り所だったが、今はそれはない。


 ひとり取り残された心情。こればかりは、コレルが自分自身で受け入れる時間が必要だった。


 ――ドラゴンの子供を見せたら元気が出るだろうか……?


 魔獣好きのコレルのこと、貴重なドラゴンベビーの姿は必見の価値があるかもしれない。


 ――いや、見世物ではないし、もう少しコレルが落ち着いてからのほうがいいか。


 そしてメリンダの方だが、早めに故郷に帰すべきかもしれない。ソウヤは考える。


 しかしやはり十年経っているわけで、彼女の故郷も、そこに暮らす人間たちの関係も変わっているのは間違いない。


 何も考えず故郷に、というのは早計ではないか。


 まず、状況を確認するのが先決だろう。


 ソウヤは、カマルに転送ボックスを使って手紙を送りつけた。内容は、メリンダの故郷などで、わかっている範囲の情報を送れ、というものだ。


 返事の手紙が来るまでは、戦友であるカーシュにメリンダの面倒を見させる。同じく十年のブランクがある人間なので、気持ちの整理のためにも彼は適任だと思ったのだ。


 もっとも、ブランクでいえば十年昏睡していたソウヤも同様だが、外見上十年歳を重ねたソウヤより、あの頃と姿が変わっていないカーシュのほうが、メリンダも接しやすいだろう。


 ……とか思っていたら、予想より早くカマルから返事がきた。

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