第252話、意外な戦利品
結局、銀の翼商会内で討議の結果、ゴブリン生成の魔法装置は『破壊』することになった。
女性陣が、問答無用とばかりに存在するべきではないと主張。ジンもまた『誰かに売りつけて、それが悪用されたら困るし、売ったこちらもとばっちりがくる』と指摘した。
他の男性陣も、ゴブリンに思い入れがあるわけでもないので、装置の希少性はともかく、破壊で一致した。
誰だって害獣量産機械に、よい感情など持てない。
「いっそ、他に可愛い動物を作れたらよかったのに……」
ソフィアが言ったが、リアハは眉をひそめた。
「生き物の命を、そう軽々しく扱うものではないと思いますよ」
「あー、そうだよね。うん、そう思う」
姫騎士が言えば、美少女魔術師もまた頷いた。
「それにしても……」
リアハが神妙な面持ちになった。
「まさか人がゴブリンを作るなんて……」
「オークじゃなくてよかったわね」
ミストが、どうでもよさげな調子でそんなことを言った。ゴブリンより格上であるオークを大量に量産とか、冗談じゃないとソウヤは思った。
装置の件はそれで解決したが、他にも希少な品を発見した。
「これは……魔力を生成しているな」
それは黄色く輝く宝玉だった。しかしジンに鑑定してもらったところ、魔力を無限に生成する魔道具であることがわかった。
「これは凄いな。これがあれば飛空艇の燃料問題も解決だ」
「燃料?」
「魔力式ジェットエンジンのな。あれは魔力を取り込んで燃焼させるのだが、その魔力消費の高さは悩みの種だった」
ジンの言葉に、ライヤーが補足した。
「巡航に飛ばす分には、誤魔化しもきくが、全力で飛ばしたらあっという間に燃料切れになっちまうんだよ、ジェットエンジンってのは」
魔力を吸収する装置をどうにかやり繰りすることで、ある程度の燃料消費を抑える算段をつけていたという二人。
「だが、こいつがあれば、魔力ジェットのほうは、燃料の心配をしなくて済むってこった! すげぇ掘り出し物だ」
魔力式ジェットエンジンでなくても、魔力無限の魔道具は、その利用価値は計り知れない。
たとえば、魔力を用いた攻撃兵器や、あるいは障壁展開装置などでも、これを組み込めば燃料切れの心配のない超兵器になる。
小さなところでいえば、魔法の杖などに触媒としてつければ、魔法を撃ち放題である。
ドゥハスがゴブリンを魔力で生成していたが、その魔力供給源が、この魔力無限の魔道具だった。あれだけ大量のゴブリンが生み出されたのは、魔道具と組み合わせた結果だが、つまるところ、扱いが難しいものということだ。
「……これ、ぜったい他に見せないほうがいい代物だよな」
ソウヤが言えば、ジンもライヤーも無言で頷いた。
ゴブリン生成装置でさえ悪用の危険があったが、魔力無限の魔道具の危険度はさらに跳ね上がる。
「売りに出したら最後――」
「天文学的数字になるだろうが、それよりも血みどろの争奪戦になるだろうな」
ジンは腕を組んで顔をしかめた。
「権力者が知れば、没収や強奪などあり得る」
争いの火種になる可能性が高い。ライヤーは言った。
「これは、おれらの胸のうちに秘めて、このまま黙って飛空艇のエンジンに組み込んじまったほうがいいと思う」
「お前、普通に飛空艇に載せたいだけじゃないか?」
「旦那、そりゃ載せたいだろ。どう考えたって。燃料をドカ食いするエンジンの心配をしなくて済むってんだから、旦那にとってもいい話だ」
「少なくとも、このまま表に出すことなく、エンジンに組み込んでしまえば、誰の不幸にもならないと思う」
ジンも頷いた。
「下手に、ソフィアの魔法杖などに使って、人の目に触れさせるのも危ない。飛空艇のエンジンなら、外側からは見えないしな」
「……なんでソフィアの杖?」
「わかりやすい例かと思ってね」
「確かに。言いたいことはわかった」
ソウヤは理解した。
「じゃ、こいつはゴールデンウィング二世号のエンジンに使う。この魔道具のことは他言無用ということで」
「異議なし!」
ライヤーが即答した。ソウヤは、魔力無限の魔道具を見やる。
「これで、飛空艇の燃料を気にせず、どこまでも行けるようになるんだな」
「航続距離で言えばそうだな」
ライヤーは肩をすくめる。
「ただ部品は使ってりゃあ消耗するし、交換も整備も必要だ。だからこの魔道具があっても、ずっと動かし続けることはできねえけどな」
「あー、まったく手がかからないわけじゃないんだな……」
「そういうこった。部品の交換とかで出すもんは出さねえといけねえが、燃料代を心配しなくていいってだけでも充分過ぎるコストカットだがな」
充分過ぎるどころか、思わぬ拾いものだった。
あれだけのゴブリンを作った魔力供給源だった代物だ。本来ならその扱いを持て余していただろうが、今後表面化しただろう問題を解決できる手段として有効活用できる。
今回の冒険者業――ゴブリン退治は、結果としてプラス以上の成果となった。
禍を転じて福となす。
・ ・ ・
ひとりの人間の復讐心が生み出した狂気の研究は潰えた。
大量のゴブリンを生成し、はた迷惑な復讐を行った魔術師イアル・ドゥハスの身柄は、カルデインの町の守備隊に引き渡した。その後、彼がどうなったかは知らない。
ちなみに、ゴブリン装置は壊したとドゥハスに伝えた。魔力生成の魔道具もろとも破壊した、と付け加えて。
守備隊には、ゴブリンを作る装置があったが、どんどん湧いてきてキリがなかったから壊したと報告した。魔力の魔道具のことについては言わなかった。
なお、町では。
「ゴブリンを一掃したって、すげぇな!」
「英雄だ! 英雄がおる!」
などと、ソウヤたち一行は大歓迎された。数百のゴブリンをたった十名程度で蹴散らした剛の冒険者、Aランクを有する最強冒険者などなど、少々調子のいい言葉さえ聞こえてきた。
――そこまで持ち上げても、何もないぞ。
「さすがは白銀の翼! ヒュドラ殺し!』
守備隊隊長のピエールや守備隊員たちも、とても喜んでいた。籠城が長引けば、最悪の展開も考えられたわけで、その危機を脱したのは大きい。
皆で頑張ったこともあるし、何より盛り上がっている空気に水を差すのも無粋である。であるなら、ソウヤは周囲の雰囲気に乗ることにした。
「よっしゃ、ここはオレの奢りだ! 飲み食いすっぞ!」
その夜は、皆で盛大に飲んで食べた。
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