第251話、ゴブリンたちの親玉


 地下道は階段となっていて、まるで巨大駅のホームを上り下りするそれをソウヤに思い起こさせた。


 ドラゴンから戦乙女姿に戻ったミストと合流して、ソウヤたち一行は探索と掃討を行う。


「拠点を壊しまわった感想は?」

「楽しかった!」


 ミストは晴れ晴れとしていた。


「やっぱり時々は、好き勝手にやらないとね。精神衛生上よろしくないわ」


 一方的に破壊して回るのは、さぞ愉快だっただろう。見ていたソウヤだって、少なからず思ったのだ。当人が堪能したのは間違いない。


「結局、ゴブリンの大発生は、何が原因だったのかしらね?」

「さあな、どうだろ」


 天敵がいないこの地下拠点に移り住んだら、ドンドン数が増えてしまった。それで収集がつかなくなってきたから、外に出て……というオチかもしれない。


「……まだいたか」


 ゴブリン――しかし、これまでと違い、きちんと重装備だ。ホブゴブリン、それも騎士のような整った装備である。それが四体。


「こりゃ、ここのボスのアジトか」


 ゴブリンの上位種がいる可能性がある。マジシャン程度ではない。ジェネラルクラスがいるかもしれない。


 ホブゴブリンが大斧を手に向かってきた。前衛のカーシュが盾を構える中、竜爪槍を手にしたミストが舌を覗かせた。


「洒落臭い!」


 言うやいなや、ミストは果敢に突進。同時にガルもまた猟犬よろしく、敵に向かっている。


 二人は、流れるように四体のホブゴブリンを仕留めた。


 さらに奥を目指す。何度か警備とおぼしきゴブリンと戦ったが、とくに障害にはなりえなかった。


 ゴブリンマジシャンが待ち伏せし、四方から魔法を放ってきたが、事前に察知していたソウヤたちは防御魔法で阻止。


 魔断剣で魔法を両断したリアハが、ゴブリンマジシャンを近接しての一閃で仕留めれば、ソフィアの攻撃魔法が、ゴブリンに格の違いを見せつけた。


 どこか神殿じみた内装の建物を進み、深部へと到達する。


 そこにいたのは、灰色の魔術師ローブをまとう人間だった。


「ふん、表だけに飽き足らず、ここまで足を踏み入れたか」


 どこか教師然とした物言いの男だった。三十代後半か四十代といったその魔術師の表情は変化に乏しい。


「我がゴブリン軍団を壊滅に追いやった貴様たちは、おおかた冒険者なのだろうが――」

「白銀の翼。見立てどおり、冒険者だ」


 ソウヤは油断なく魔術師を睨む。


「あんたが、ゴブリンどもの親玉か?」

「如何にも」

「どう見ても人間のようだが……あんた、魔族か?」


 人間に化けている魔族という可能性もある。もっとも、ゴブリン軍団に守られた地にいる男が、たとえ魔族だとするなら、何故人間に化ける必要があるか謎だが。


「正真正銘、人間だよ。もっとも、人間であることを、捨てられるのなら捨てたいがね」


 その魔術師は、そこで初めてピクリと眉を動かした。


「さて、貴様たちは我がゴブリン軍団を排除しにきたのだろうが、私もこのままやられるわけにはいかない。人間どもへの復讐! 我が目的を果たすために!」


 魔術師が近くの壁にあるレバーを引くと、部屋の左右の大きな扉が開いた。ズン、ズンと足音を響かせて現れたのは、がっちりした体躯の巨大ゴブリンが複数。


「ゴブリンキングだ。私が人工的に作り出した下僕どもの中で最上級だ。覚悟しろ」


 金棒を手に、横綱、もといゴブリンキングがノシノシとやってくる。


 ゴブリンという種の中で最強と言われるのが、このゴブリンキングだ。豪腕、タフでしられるオーガでさえ、赤子を捻るように倒してしまうほど強いのがゴブリンキングである。ゴブリンと思わないほうがいいほどの強敵、であるが――。


「フン!」


 振り下ろされた金棒にソウヤは斬鉄をぶつける。ガキンと金属音が響いたかと思ったその時、ゴブリンキングの金棒が手から抜け、自身の顔面を吹っ飛ばした。


「え……?」


 魔術師は驚愕する。ズシン、と先頭のゴブリンキングが床に倒れた。まったく予想外の光景だったに違いない。


「馬鹿なっ!? ゴブリンキングなのだぞ!」


 次のゴブリンキングが、その巨体に見合わぬ加速で肉薄してきた。その瞬発力は、経験の浅い冒険者なら度肝を抜かれて、何もできないうちにキングの攻撃を受けてしまうだろう。


 しかし、ミンチになったのはゴブリンキングのほうだった。斬鉄を振るうソウヤの一撃で、懐に飛び込んだゴブリンキングは真っ二つに分断された。


「まあ、こちとら、魔王と殴り合ってるんでね」


 ソウヤは、魔術師を睨みつけた。


「ゴブリンキングじゃ、オレを倒すことはできないんだわ」



  ・  ・  ・



 ゴブリンを使った研究をしていた異端の魔術師を捕縛した。


 名をイアル・ドゥハスという。元々召喚生物を使役していたが、ゴブリンの増殖能力に目をつけ、人間社会に復讐するため密かに活動していたらしい。


 どうも幼少の頃より、人間関係がうまくいかず、人嫌いをこじらせたようだった。恨み辛みを重ねた結果、使役するゴブリン軍団を使って、この王国を滅ぼしてやろうと考えた、というのが今回の事件の経緯だった。


 つまり、魔族は今回の件にはまったく関係がなかった。


「馬鹿なことを考えたもんだ」


 自分が嫌いな社会は滅びてしまえばいい、という思考の結果、ひとつの町が包囲され、危機にさらされた。


 ソウヤたちが一掃しなければ、カルデインの町はどうなっていたか。……最悪、町の住民の命は失われ、さらに被害が拡大しただろう。


 王都から軍が派遣されたらどうなっていたかは定かではないが、王国軍にも相応の出血を与えていたかもしれない。


 それはさておき、ドゥハスの研究所内を捜索する。戦利品となりそうなものを回収しながら探索していくと、ゴブリンを生成していたという古代の魔法装置を発見した。


 球体に、鋭利なトゲのようなものが生え、基板の上を浮遊しているという、妙なこの装置は、魔力を投じることでゴブリンを作り出すことができた、とドゥハスが証言した。


「どこでこんなものを」

「ダンジョンだよ。以前、召喚生物の研究で潜った時に手にいれた」


 ……とても貴重なものではある。しかし、魔力で生命体が生成できるとか、これは何も考えずに使っていいものかどうか、大いに考えさせられる。


 いくら珍しいものを扱う銀の翼商会といえど、これはさすがに手に余るのではないか。


 売ったら莫大な金になるぞ、という声と、生命への冒涜ではないか、という声が頭を巡り、ソウヤは首を捻った。


 ――どうするのが正解かなぁ。

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