第234話、王様の名前を言ってみろ
飛空艇保有について、ソウヤはカロス大臣に相談したのだが、その席上、思いがけない提案を聞くことになる。
「国王陛下、ですか……」
ソウヤは自然と渋い顔になる。その表情を見て、カロス大臣は不思議そうな目を向けた。
「何やら気が進まないという顔をしていますが……」
「ここだけの話、私は国王陛下が苦手で」
ソウヤがこの世界に召喚された時に、勇者として魔王と戦うよう頼んだのが、ここエンネア王国の国王である。
非常に厳格そうな顔立ちの人物で、どうにも怖いおじさん臭がして、あまり好きにはなれなかった。
勇者時代、魔王討伐の旅に色々と便宜を与えてくれたのは間違いない。だがソウヤの知る限り、何とも事務的に感じて冷たい人だと感じた。
「苦手だったのですか?」
カロス大臣は心底驚いていた。
「私には、そのようには見えなかったのですが……」
「そうですか? あの、いかにも怖そうな……おっと、これは不敬罪ですかね」
「……あ」
そこで、カロス大臣は納得した顔になった。
「ソウヤさん、つかぬ事確認いたしますが、国王陛下の名前をご存じですかな?」
「陛下の名前……」
はて、何だったか。ソウヤは思い出してみる。
「ガンヴァンテ、でしたか?」
「いえ、それは先王様です。今の国王陛下はアルガンテ様ですよ」
「アルガンテ! 王子、いや王になったのですか!?」
ソウヤは驚いた。
十年の間に、王様が変わっていた。かつては王子だったアルガンテが、今のエンネア王国の王となっていたとは。
「知らなかった……」
「でしょうな」
カロス大臣は苦笑を浮かべている。
「もし、アルガンテ様が国王であることを知っていれば、あなたが躊躇う素振りを見せるはずがない」
十年前、まだこの国の王子であったアルガンテ。付き合いこそ短いが、ソウヤは彼に好感を抱いていた。
勇者として召喚したソウヤの境遇を申し訳なく思いながらも、勇者一行の行動には最大限の支持を援助を与えてくれていた。
飛空艇『ゴールデンウィング』号を、勇者一行の足として提供したのも、王子の強い後押しがあったからと聞いている。
『俺も魔王討伐の仲間に加わりたかったぞ!』
アルガンテ王子は、かつてソウヤに言ったことがある。魔王の軍勢と人類連合軍が衝突した際も、人類を率いる指揮官のひとりとして勇敢に戦った。共に戦ったソウヤからすれば、彼は戦友である。
「そうでしたか、アイツは……いえ、アルガンテ様は王となられたんですね」
「もう五年も前です」
カロス大臣は視線をさまよわせた。
「ソウヤさんが昏睡から目覚めたという報告は、陛下を大変喜ばせました。しかし、過去あなたを排除しようとした一派が動き出すのではないかと、そちらを警戒されて再会を控えていらっしゃった」
――オレに会いにこようとしたとか。あの人らしいな。
おう、ソウヤ、元気そうだな!――そう言いながら現れる光景が目に浮かぶようだった。
「ソウヤさんたち、銀の翼商会の行動についても特に王国から干渉がなかったのも、陛下のご判断です。さすがに十年経って直接あなたを警戒する者はいないようでしたが、直接接触することでよからぬ考えに取り憑かれる者もいないとも限らない、と」
「でしょうね。こちらとしては、敵意はないので、放っておいておかれたほうがよかったわけですが」
「はい。しかし、銀の翼商会が飛空艇を保有するとなれば、話は別です」
カロス大臣は真顔になる。
「現状、勇者への警戒を解いた者でさえ、あなたが自由に空を航行できる飛空艇を持ったことで、報復に用いられるのでは……と考えるやもしれません」
「バカな! 私は報復なんてしませんよ」
「そう、馬鹿な話です。しかし、あなたへ負い目を感じている者の心には、いつまでもそれが残っているものです」
高騰した勇者人気とその影響力に、恐れをなした貴族たち。それが取り越し苦労だったとわかり、考えすぎだったと反省しても、過去の言動は取り消せない。恨まれているのではないか、という勘ぐりが、その目を曇らせる。
「ですから、今となっては逆に、王がソウヤさんの飛空艇保有を認めることで、彼らを牽制することに繋がります。……下手に手を出せば、国王陛下が制裁に動くわけですから」
アルガンテ王子、いや王なら、ソウヤの味方をするだろう。十年前とは立場も状況も代わり、先王が消極的だった事柄でも現王は積極的に動く。かつての魔族との戦いで、彼の行動力は有名だ。
「干渉しないように、と思っていましたが、今はむしろ積極的に友好関係を強調したほうがよい、と?」
「はい、私はそう考えます」
カロス大臣は頷いた。
「もちろん、決めるのはソウヤさん、あなたです。飛空艇を保有するなら、アルガンテ陛下に話を通したほうがよいと私は考えますが、王族と距離を取りたいという考えも、理解しているつもりです」
「お心遣い、感謝します、大臣」
王がアルガンテなら、祝いの言葉をかけてやりたい気分になる。十年も経って、彼も変わってしまったかもしれないが、会ってみる価値はあるだろう。
飛空艇のこともある。これはちょうどいい機会と捉えよう。
「では、お言葉に甘えて、王子――アルガンテ陛下に会いに行こうと思います」
ソウヤは頷いた。しかし今すぐとはいかない。
何せ国王である。普段から行事や政務もあるだろう。会いたいと言って、即座に対応できるわけではない。貴族でさえ、まずは先触れを出し、王が都合がいい時まで待つのである。
要するに、王の都合が優先されるので、状況によっては面会不可ということもあり得る。
しかし、その辺りは政務関係で、王と顔を合わせる機会の多いカロス大臣が、プライベート時間にねじ込むと言ってくれた。
何せ、アルガンテ王のほうでも、ソウヤとは会いたがっているから。
さて、王との会談はさておき、ソウヤは、カロス大臣に最近の冒険譚や、古代文明遺跡の話をした。
旅人の話は、貴族にとっても貴重な娯楽だ。この手の土産話は、だいたい歓迎される。
クレイマンの遺跡ではないが、ゴーレム生産工場遺跡や、バッサンの町での浮遊バイク製造――とくにバイク関連はいずれこの王都にも影響するだろうから、知らせておいた。
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