第233話、意外に深刻だった飛空艇保有問題


 銀の翼商会はエンネア王国の王都へ到着した。


 ソウヤは、皆に休養を与える一方、カロス大臣の屋敷を訪ねる。グレースランド王国での魔族との騒動を報告するためだ。


 カマルに渡した転送ボックスにて会談の段取りは済ませてある。おかげで、スムーズに大臣に会うことができた。


「まずは、ご苦労様でした。ソウヤさんのおかげで、またひとつ魔族の企みが潰えました」


 大臣の執務室。談話用ソファーで向かい合い、カロス大臣は言った。


「もし、ソウヤさんがいなければ、グレースランドからモンスター化した住民が、我が国に流れ込み、双方大きな犠牲が出たでしょう」


 悪夢である。


「事は、グレースランドのみならず、エンネアも救われた。ソウヤさんたちには、感謝してもしたりないくらいです」

「恐縮です」


 人間同士で争わなくて済んだのは大きい。血みどろの殺し合いとなれば、魔族の思うつぼだった。


「我が国にとっても、グレースランドは友邦です。大事にならず解決したのは、不幸中の幸いでした」

「ええ、死傷者の数は最低限に抑えられた。……ですが、払った犠牲も大きかった」

「聖女殿でしたな」


 カロス大臣は沈んだ表情をみせた。


「ソウヤさんの手紙は、拝読させていただきました。聖女殿が復活され、今回の騒動で活躍された。ですが、彼女は故国を救うために、その身を捧げられた」

「はい」

「……聖女殿の回復の手立ては?」


 大臣の質問に、ソウヤは視線を落とした。


「今のところ、精霊の泉と呼ばれる場所を探しています。その泉に大精霊がいれば、その力で、回復のための秘薬を作れる可能性がある、と」

「そうですか。手立てがあるのは心強い。問題は、それがどれほど困難を伴うか、ですが」

「簡単ではないですが、だからといって諦めるつもりはありません」


 ソウヤは断言する。カロス大臣も頷いた。


「もちろんです。こちらからも可能な限りの支援をお約束します。つきましては、具体的にどのような支援が必要か、となりますが……ソウヤさん、何か希望はございますか?」

「……魔法欠乏に関する治療法、もしくはそれに関係する手掛かりなどがあれば、欲しいところですね」


 先ほど言った精霊の泉巡りに関しても、確実にレーラを治療できるという保証はない。


「なるほど、情報ですな。宮廷魔術師や、王国に属する有力な魔術師たちに確認を取りましょう。何か手掛かりがありましたら、お伝えします」

「それは願ってもないことです。よろしくお願いします」


 ソウヤは相好を崩す。


「いえ、聖女殿は、人類にとってかけがえのないお方。事はグレースランド一国の問題ではありますまい」


 カロス大臣は真面目な調子で告げた。


「そうそう、王都にあるエアル魔法学校にも通達しておきましょう。あそこには王国有史以来の魔術の本などが収められております。手掛かりがあるやもしれません」

「エアル魔法学校ですね。行ってみます」


 一応、銀の翼商会の取引先リストにも乗っている。シートスと言う魔術師と知り合いなので、学校に入る手段はある。


「ソウヤさん、もしよろしければ、学校への入場許可証を私のほうで発行しましょうか。あそこは部外者は立ち入り禁止ですから、普通には入れません」

「そうですね、お願いします」


 今でも入れるのだが、大臣からの許可証となれば、ただ入るだけではなく、何かの時の後ろ盾になるだろう。そういう時のために、もらえるものはもらっておこう。


「――それで、話は変わるのですが、ソウヤさん」


 カロス大臣は、手慣れたように許可証をしたため、ソウヤに渡した。


「姫君からお話のあったクレイマンの遺跡について、何か情報はありましたか?」

「いいえ、今のところはまだ」


 ただし、未発見だった遺跡をひとつ見つけた――という話をソウヤは伝えた。古代文明のゴーレムの工場、隠された天空人の浮遊遺跡などなど。


「それは大変、興味深いですな」


 先ほどまでの真剣なものから、かなりリラックスするカロス大臣。行商の語る冒険譚というやつである。現代のような娯楽に乏しい世界において、旅人のお話は身分の上下なく皆聞きたがる。


「――それで、ここに来て、クレイマンの遺跡は、もしかしたら地上に落ちたのではなく、空に浮かんだままではないか、という新説が浮上しまして」


 オダシューの故郷の伝承を言えば、大臣は目を丸くした。


「空の上に……。地上で見つかっていない理由はもしや……」

「可能性の話ですが。……それで、カロス大臣閣下には、ひとつご相談したいことがありまして」

「何でしょうか?」


 背筋を伸ばすカロス大臣。ソウヤは、少しためらい、しかし言った。


「あまり公にしたくなかったのですが、実は銀の翼商会は飛空艇を保有しています」

「飛空艇を……?」


 大臣の目が鋭くなった。ソウヤは続ける。


「古代文明時代の発掘品なんですが、これを修理しています。一応、冒険者ルールとして、見つけた物について、その保有権はその冒険者にあるという規則がありますが……」


 もっとも、見つけたのは冒険者になる前だけど――ソウヤはその点は黙っていた。カロス大臣は顎に手を当て、考える。


「飛空艇を保有ですか」

「やはり、問題ですかね……?」


 いくら懇意にしているとはいえ、国からしたら一商会が勝手に飛空艇を持つのはよろしくないと見ているだろうか。


「個人で飛空艇を保有する例はないわけではありません。たとえば有力貴族の中には、自家用の飛空艇を保有している者もおります。大規模な商会での保有例はありますが、王国から許可を得ています」

「つまり、国から許可を得る必要がある、と」

「はい。でないと、国籍不明の不審船として、軍の飛空艇から攻撃を受ける可能性があります」


 領空侵犯は、国にとっても大きな問題だ。どこぞの敵性勢力が国境を越えて、国の中心に易々と侵入も可能である。故に所属不明、未登録の船は『敵』として疑ってかかるのが常識となる。


 グレースランド王国では、すでに飛空艇での飛行の許可を国王より頂いている。リアハが進言して認められた格好だが、それはこういう意味もあったのだろう。


 権力者たちに知られないようこっそり使おうと思っていたが、軍の飛空艇と遭遇すれば攻撃されていたわけだ。すでに実際に使っていたから、発見されなかったのは運がよかったと言える。……何気にソウヤが自覚していない幸運エピソードだったりする。


「方法は複数あります」


 カロス大臣は言った。


「貴族が保有していることにする。そうなれば、余所から邪魔が入ることもないでしょう。あるいは、グレースランド王国の保有船にするという手もありますが、その場合は、やはり我が国内での航行資格を得る必要があるでしょう」


 ただ――と、カロス大臣は上目遣いになった。


「私としては、やはりソウヤさんが、国王陛下に直にお話になるのが一番だと考えます。王族御用達の商人になれば、ソウヤさんの今後にとっても悪い話ではないでしょう」

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