第215話、呪いを解いて


 ゴールデンウィング二世号船内。休憩室のソファーで休んでいたソウヤのもとに、レーラとリアハがやってきた。


「ありがとうございます、ソウヤ様」

「ありがとうございます!」


 よく似た姉妹が、同時に頭を下げた。特にレーラが深々と頭を下げた。


「これまでご迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした」

「迷惑なんて、そんなことねえよ!」

「いえ、聞けば魔王は討伐してしまったとのこと。肝心な時にお役に立てず、本当に――」

「いや、それはもう済んだことだ」


 石化されたのは、レーラだが、それは魔王軍との戦いの中での話だ。彼女自身、なりたくてなったわけではない。


「それに、それを言ったら、君を守ってやれなかったオレに責任がある。済まなかった」

「そ、そんな、あなた様は勇者の本懐を果たされました。お支えできなかった私にこそ非があって――」

「……話が進まん」


 突然、ガルの声が近くから聞こえて、皆びっくりしてしまう。


「ガル殿――」


 リアハが言えば、元暗殺者は手を上げた。


「いいだろうか?」

「どうぞ」

「戻った早々で悪いが、聖女様に呪いを解いてもらいたい」


 すっと、ガルが床に膝をつき、レーラに頭を下げた。


「聖女様の力は、大抵の呪いを解くことができると聞いた」


 そうだった。ガルは夜になると獣人になる呪いを受けていた。アイテムボックスハウスがあって、仲間たちはガルの獣人化には慣れて問題も発生していなかったが、一般社会で行動するとなると大きな制約が課されることになる。


 早く呪いを解きたいだろう。


「レーラ、彼は魔王軍の魔術師に獣人化の呪いをかけられているんだ。解除してもらっていいだろうか?」


 ソウヤが言えば、レーラは頷きガルに向き直った。


「もちろんです。私の力で、すぐにあなた様の呪いを――」

「いや、俺は後でいい。ソウヤ、アイテムボックスにいる仲間たちを先に」


 時間経過無視のほうに八人。ガルの仲間である暗殺組織の仲間たちが獣人にされて収容されている。助ける方法を探して、そのままだったのだが、今がその時か。


 ――自分より、仲間が先か……。


 普段から口数が少なく、何を考えているかよくわからないガルだが、仲間思いの男である。


 では、彼らの呪いを解いてもらおう――ソウヤは、アイテムボックスから、ガルの仲間をひとりずつ出した。


 戦闘中に無理矢理収容された状況だったから、出した途端、襲いかかってきたのだが、そこはソウヤとガルで、昏倒させていった。


 出てくるとわかっているから、側面から不意を突きやすかった。



  ・  ・  ・



「聖女様、そして勇者様! この度は我々を呪いから解放していただき、感謝の言葉もありません!」


 暗殺組織カリュプスの暗殺者たちは、ひざまずいた。


「お、おう……」


 ソウヤは勢いに押されて、レーラを指し示す。


「助けたのは彼女です」

「いえ、ここまであなた方を無傷で守ったのはソウヤ様です」


 レーラもまた、ソウヤに礼の矛先を向けようとした。ガルが口を開いた。


「二人に助けられた。仲間たち共々、俺からも礼を言う。ありがとう」


 あの表情に乏しいガルが、こんな感謝の言葉を言うなど、ちょっとした感動をおぼえるソウヤである。


「ついては、魔王軍の残党、その仲間であるブルハを討つが、それ以外のところで、俺はソウヤについていくことに決めた。この命、お前に捧げる」

「重いよ! やめてー、そういうの……」


 ソウヤは思わず手を振る。するとカリュプスの暗殺者たち、そのリーダー格らしい三十代くらいの厳つい男が再度、頭を下げた。


「オレらも、この命、ソウヤ様に捧げます! 何なりとご命令ください!」

「えぇ……」


 元カリュプスの暗殺者たち全員が、命を捧げると言い出した。


 命の借りは、その相手に尽くすことで返す、という話を聞いたことはあるが、正直、ソウヤには重すぎる。


 見返りはいらない。何故なら勇者だから――と言いかけ、ふと口を閉ざす。そして思ったことを言う。


「もし、オレが自由に生きていいよ、と言ったらどうする?」

「ソウヤ様のお役に立てることを探し、ご恩をお返しする所存です!」


 先ほどのリーダー格が言った。いや、そうじゃなくてだな――ソウヤは頭をかいた。


「カリュプスを再興させるとかはないの?」

「……それは」


 リーダー格は目を伏せた。


「オレらのボスは、ウェヌスの、いやブルハの手の者に殺されました」


 魔族への怒りが、彼の言葉に力が込められる。


「残っているのは、ここにいる者のみ。組織は、もはやないも同然」

「……そうなると、食っていくためにも働き口を探さにゃいかんな」


 組織がない。再興させたり、暗殺者から足を洗うのでなければ、別の主に仕えるというのが妥当か。


 ソウヤは腕を組む。


「よしわかった。お前ら、今から銀の翼商会に就職だ! オレが面倒みてやる!」

「!! ……ありがとうございますっ!」


 またも元暗殺者たちはひざまずいた。


「オレらの命、ソウヤ様のために。粉骨砕身、お仕えいたします!」

「おう、オレに命を捧げるなら、その命は大事に使えよ。せっかく拾った命だ。魔族の連中に借りを返したいだろうが、はやまった真似だけはしてくれるなよ!」

「はいっ!」


 ――どの道、これからグレースランド王国に乗り込む。それを聞いたら、こいつらも絶対に戦おうとするだろうな……。


 組織の仇、仲間の仇が、敵にいるのがわかっているのだ。であるならば、共に戦う同志である。


 ガル同様の暗殺者であれば、まったくの素人ではない。おそらく、その力、大いに役に立つと思う。


 ……そう思うことで、つい情が移って就職を認めた判断についての、言い訳としておく。


 かくて、元暗殺者集団生存者八名。銀の翼商会に加わった。

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