第213話、アースドラゴンのお礼


 聖女レーラにかけられていた石化の魔法は解かれた。


 ただ、石化解除が、アースドラゴンの唾を浴びたから、というのは彼女には言えないとソウヤは思った。


 ミストとレーラはお互いに自己紹介を終えたが、例によって例のごとく、十年の経過にレーラは少なからず衝撃を受けた。


 彼女にとっては、つい昨日のことなのに、ソウヤは十年分の歳を重ねている。


「君の妹をみれば、きっとビックリするだろうよ」

「そうですね……」


 苦笑するレーラだった。何せ外見では歳の離れた妹だったリアハが、レーラの歳を追い越したのだから。


 さて、アースドラゴンは、ミスリルタートルを骨も残らず完食した。一財産だったミスリルもカスのような欠片を残して腹に収めてご満悦だった。


『この歳だ。もう、あれほどの大物を食する機会もないだろう。……ありがとう、人間の勇者よ』


 その言葉に、ミストは目をいっぱいに見開き驚いていた。古竜が礼を言うなど、そうそうないことだ。それも人間に対してなど、珍しいにもほどがある。


『ふふ、驚くことでもあるまい。……見よ』


 アースドラゴンは背中の翼を広げた。巨大な体を飛ばすだけの大きさのある翼は……しかし、色がくすみ、どこか使い古しの帆のように見えた。


『長く生き過ぎた。もう我は、空を飛ぶこともないだろう。四大古竜でも、我が最年長だからな……』

「また、言ってくだされば――」


 ソウヤは、目の前の古竜に敬意を示す。


「お持ちしますよ。銀の翼商会は、行商――つまり、誰かが求めた品を運ぶ者です」


 ふと、行商で通じるか不安になったので言い直した。こんな世界の果ての孤島にいるドラゴンに、人間の商売とかわからないだろうと思ったのだ。


『……覚えていたら、数年後にまた頼むやもしれん』


 優しい口調でアースドラゴンは返した。最初に感じた圧力は消え、好々爺のような印象を与える。


『……そういえば、人間は、ドラゴンの鱗を欲しがっておるらしいな』


 アースドラゴンは、一瞬ミストを見てからソウヤに視線を戻した。


『ここ最近、落ちた鱗がいくつかあったはずだ。ここにあっても仕方がないし、持って行ってくれんか?』

「喜んで」


 貯金代わりのミスリルを大量に食われてしまった後なので、もらえるなら、素直に受け取る。


 ――ミストめ、影竜の時みたいに、アースドラゴンにも見返りを吹き込んだな!


 正直、レーラの石化が解ければ目的は達成なのだが、お土産がもらえるなら、これはボーナスと言ってもいいだろう。


「あと、アースドラゴン様ぁ」


 ミストが甘えるような声で、アースドラゴンのそばに寄った。


「ついでと言っては何ですが、石化解除の液をいただけませんか?」

『いいぞ。欲しいだけくれてやる』


 アースドラゴンは拒まなかった。


 ――そりゃ、唾液だもんなぁ。


 体も口もでかいから、ドラゴン的には少量でも、こちらには風呂を満たす量を軽く超える。


 ありがたく頂戴して、お土産も回収。ソウヤたちはアースドラゴンの住み処を後にした。



  ・  ・  ・



 アースドラゴンは、去っていく人間と霧竜の後ろ姿を眺めながら、心の中で呟いた。


『老いた我を、倒そうともしなかったな、あの勇者……』


 かの魔王を討伐した男。その力は、四大竜にも引けを取らないだろう。その男が本気を出せば、アースドラゴンとて無事では済まなかったに違いない。


『弱みを見せれば、掛かってくると思うたが……』


 誰も見ていないにも関わらず、アースドラゴンは翼を広げた。


 満足に逃げることもできない翼。古竜といえど、勝機があるなら攻めてくるものと思ったが、完全に予想は外れた。


『いや、あの小娘の言うた通りだったか』


 ソウヤは、ドラゴンを無闇に殺さない――そう、交渉しにきたミストドラゴンは言ったのだ。


 そもそも彼女を遣いとして送り込む人間など、只者ではないだろう。


『ドラゴンと見れば挑んでくる蛮族、でもないのかもしれんな、人間という種は』


 アースドラゴンはその場に座り込む。数年分の食事で、たらふく食べたので眠くなってきたのだ。


 上級ドラゴンは基本的に引きこもりだ。食べたら、好きなように寝て過ごすのだ。



  ・  ・  ・



「――さて、無事に石化も解いたわけだが」


 ソウヤは、レーラを見やる。


「早速で悪いが、アイテムボックスに入ってくれ」

「? どういう意味でしょう?」


 キョトンとするレーラ。当然といえば当然だ。


 ソウヤはこの島には、石化にまつわるモンスターが多いことを伝える。来るだけでも工夫を強いられたわけだが、行きもあれば帰りもある。家につくまでが遠足とはよく言ったもので、目的を果たしましたで、はいおしまいという都合よくはいかない。


 アイアン1ゴーレムのバックパックは基本ひとりが限界。かといってゴーレムに抱きあげさせたりすると、バジリスクの石化の視線が怖い。


 石化解除用にアースドラゴンの唾液をもらったとはいえ、ここでそのお世話になるのは何とももったいない話だ。


 幸い、アイテムボックスの中には家もあるので、休憩などにちょうどいいだろう。


「ワタシもアイテムボックスハウスのほうにいるわ」


 ミストが言った。


「また霧になって紛れるの、結構面倒だからね。ソウヤが船に帰り着くまでに、ここ最近のことをレーラに話しておくわ」

「それは助かります。ありがとうございます、ミスト様」


 礼儀正しく頭を下げるレーラ。聖女で、グレースランド王国のお姫様なのだが、普段の彼女は王族のニオイがあまりしない。


 というわけで、ミストとレーラがアイテムボックスハウスに行き、ソウヤはアイアン1に乗り込んで、島を駆け抜ける。


 もう空には、ジンの浮遊ボートは飛んでいなかった。アースドラゴンとの会談中、特に爆発音とか聞こえなかったので、無事だとは思うが……。


 ――頼むぜ。せっかくひとつ解決したんだから、何も問題なく終わってくれよ……。


 アイアン1は島内を疾走する。相変わらず地形に合わせての上下左右の運動が激しく、ソウヤはグリップやステップに力を入れて踏ん張る。椅子とベルトがあれば、もっと楽できるのではないか。


 それにしても、遠くからコカトリスらしい声は聞こえるが、姿は見えなかった。行きと違って、帰りはほぼ遭遇しなかった。


 やがて、海岸にアイアン1は到着した。

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