第212話、アースドラゴンの唾


 四大竜のうちのひとつ、アースドラゴンがソウヤに確認した。


 石化した人間を元に戻すように頼みにきた、それで間違いないかと。


 敵意を向けてないのに、迫力がある。気の弱い者なら、それだけで意識を失いそうだ。


「はい。人類にとって、重要な人物です。彼女は聖女――」

『誰だろうと、我には関係のない話だ。違うか?』

「……」


 遮られたので、まあ、そうかも、とソウヤは肩をすくめる。他の種族を見下すことが多いドラゴンの、特に上級種となれば、人間の誰々などどうでもいいのだろう。……それはそれでちょっと苛立つが。


 とはいえ、ミストがどう話をつけたかよくわからないので、下手なことは言えない。


『ミスリルタートルを我に献上するのと引き換えに、その者の石化を解く……それでよいな?』


 コクリと頷いて答える。


 すると、アースドラゴンは首をもたげた。


『よろしい。その石化した人間とやらを我の前に出すがよい』


 ソウヤがちら、とミストに確認すると、彼女は首肯した。ソウヤはアイテムボックスから、石の像――石化した聖女レーラを出した。


 体が完全に石化するまで少し猶予があったので、レーラは祈りのポーズで石となっている。


 石とはいえ、ソウヤは丁寧にレーラを地面に置いた。


 アースドラゴンは石化するレーラに顔を近づけると、その巨大な口を開けた。


「……っ!?」


 まるで目の前の石像を食べてしまうように見え、ソウヤは慌てる。そういえば石化をどうやって解くか聞いていないが、まさか口の中に含んだりとかは――


 次の瞬間、ぺっとアースドラゴンが唾を吐いた。大きさが大きさなので巨大な塊が石化した聖女をベットリと飲み込むように包んだ。


「うげ……」


 素面ならとても受けたくない類いの行為だ。一般的に、唾を吐きかけるのは侮辱行為だ。石化を解くという流れでなければ、冷静になれなかっただろう。……正直に言えば、とても冷静ではいられないのだが。


 何せ、前もって聞かされなかったからだ。


『これでよい。我が唾液が乾く頃には、石化も解けよう。勇者よ、我に魔銀カメを差し出せ』

「……」


 いいの?と再度、ミストに視線を向ける。彼女は大きく頷いた。


 ソウヤは少し移動して場所を確保すると、アイテムボックスに放り込んでいたミスリルタートルを出した。


 時間経過無視で、腐らないからとろくな解体処理もしていないので、巨大なミスリルタートルが、ひっくり返った状態で、ドラゴンのそばに置かれた。


『おっほっほ!』


 アースドラゴンが笑ったようだった。低音ボイスから何となくそんな気がしていたが、かなり高齢のようである。


『ふむ、よいよい、新鮮なミスリルタートルだ! これほどのものを口にする機会は、もはやないと思うておったが……うむ』


 ドラゴンの表情ではよくわからないのだが、声から察するに喜んでいるとみて間違いなさそうだった。


『むっ!?』


 アースドラゴンがミスリルタートルからソウヤへと向けた。


『カメの頭がないぞ?』

「仕留める段階で、首を落としてしまったので」


 ソウヤはアイテムボックスから、ミスリルタートルの首から頭を出した。


「一応、もげてしまった部分はこちらに」

『ご苦労』


 言うや否や、アースドラゴンがミスリルタートルの胴体、裏返った腹に食らいついた。その固そうな体をガリガリグシャグシャと噛み砕き、飲み込んでいく。ミスリル結晶まで、いとも容易く、砕いていく。


 ――うわぁ……。


 あまりの迫力に、ソウヤは絶句する。それと同時に、アイテムボックス内でほぼ寝かせていたとはいえ、大きな収入になったはずのミスリルがドラゴンの腹に消えていくのは、とてももったいなく思った。


 目の前で、金が溶けていくようだった。


 ――人の金で食うステーキは、うまいか? うまいよな? あ?


 ガツガツとミスリルタートルがドラゴンに食われていく様を見守ることしばし、後ろで気配がした。


「ソウヤ、様……?」


 声がした。細く、触れば折れてしまいそうなその声。見れば、リアハ姫によく似た金髪碧眼の美少女神官がそこに立っていた。


 ――石……じゃない……!


 ソウヤは目を見はる。レーラ・グレースランド。十年前と変わらない十六歳の少女は、かつての姿を取り戻したのだ。


「レーラ!」

「ソウヤ様! わ、わたし……!」


 状況が飲み込めていないのか困惑しているレーラに、ソウヤは駆け寄った。


「よかった! 元に戻ったんだな! 大丈夫か!?」

「え、元に……戻った? ああ、わたし、石にされて――」


 思い出したように自身の体を抱きしめるレーラ。ソウヤがそばで立ち止まると、彼女はその胸に飛び込んだ。


「ごめんなさい、ソウヤ様。わたし、わたし――」

「ああ、怖かったんだろ。大丈夫、もう大丈夫だから」


 ソウヤは震えているレーラを抱きしめてやる。雨に濡れて寒がる子供のように、レーラはソウヤに身を預けた。


 石ではない生身の体、その温もりを感じて、ソウヤはドキドキしてしまう。レーラは当時も美少女として大変容姿が優れていたから、異性と触れあう経験があまりないソウヤにとっては、少々刺激が強かった。


「はーい、いつまで抱き合ってるのかしらぁ?」


 ミストが近くに立っていて、笑顔を浮かべていた。ただ圧が強く、ソウヤもレーラもお互いに離れた。


「いや、別に……」

「すみません、わたしったら、こんなはしたないことを……」


 ソウヤも経験がないが、聖女はそれ以上に異性に身を預けるということがないというウブさであった。


 とても赤面しているレーラを見て、ソウヤは逆に落ち着いた。


「いいじゃないか、ミスト。彼女はとても怖い思いをしたんだ。やましい気持ちがあったわけじゃないし」

「あら、そうなの? じゃ、ワタシが抱きついても問題ないわよね?」

「おま、それはやましい気持ちじゃねえのか!?」


 抱きついてきたミストに、ソウヤは困惑する。


 ――なんで、ここで張り合うようなことをするんだ? 別にオレはレーラと、そういう関係でもないぞ?


「やましいってどんな気持ち?」

「……お前、からかってるだろ?」

「あ、バレた?」


 すっと身を離すミストが、悪戯っ子めいた笑みを浮かべた。


「さて、聖女様? 自己紹介と行きましょうか。ワタシは――」

『ふう、うまかった――』


 アースドラゴンの声が遮った。なにぶんひと声が大きいので、会話が中断させられてしまった。


 ミスリルタートル、完食!

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