第195話、霧竜と影竜


 絶対安全な場所――要するに、ソウヤのアイテムボックスの中である。


 生き物も入れる上に、アイテムボックスハウスなど、中を居住可能エリアとして作ることができて、外部からの攻撃にさらされることはない。


 何せ、ソウヤはかの魔王を倒した勇者である。それよりも弱い雑魚である魔族が襲いかかってこようが全て撃退される。


 と、ミストは影竜に説明し、実際に視察されることとなった。


 こんな展開は聞いてないし、なるとも思っていなかったソウヤである。


 だが、影竜をアイテムボックスに棲まわせることができれば、このダンジョンでドラゴン絡みの問題は丸く解決してしまうのである。


 ならば、ミスト発案のそれに乗っかるのが得策である。


『ほう、これがアイテムボックスとやらの中なのか?』


 漆黒のドラゴンが、その空間を見回しながら言った。アイテムボックスハウスとも飛空艇置き場とも違う、新しい空間を作ってそちらに招待する。


『何もないな』

「ダンジョンの中だって岩と砂しかなかったでしょ?」


 ミストが皮肉った。


「少なくとも、ここにはちょっかいを出してくる愚かな魔物や、わずらわしい魔族も人間もいないわよ」

『静かに卵を守れるというわけだな』


 影竜は喉を鳴らした。


『魔族など返り討ちにしてやれるが、警戒せずに過ごせるというのなら、ここも悪くないやもしれんな』


 ――この流れは、決まりかな。


 ソウヤは、ミストと影竜のやりとりを聞いて、そう判断した。


 まさか、アイテムボックス内に上級ドラゴンを住まわせることになるとは思いもしなかった。


 よく考えれば、ミストドラゴンもそうなのだが、人間の姿をして、普通に家で生活しているのとは、気分も含めて少し違うと思う。


『ところで、ミストよ。お前は何故、我を手助けしようとする?』

「ん?」

『我らドラゴン。成人すれば各々の判断で動く。そして他のドラゴンと干渉をしないものだ』


 上級ドラゴンは群れない。自分のテリトリーを定めたら、そこを中心に引きこもる。気ままにフラフラしていると、他の種族と面倒な衝突をする可能性が高くなるので、特に孤立主義に拍車がかかる。


「んー、まあ、巣にこもっていたら、魔族に手を出された者同士ってこともあるけれど」


 魔族と絡んで、霧の谷から出てきたミストである。


「ワタシとあなた、結構、特徴が似ているのよね。たぶん親族か、あるいは姉か妹かもしれないと思ったのよ」


 ――……え?


 聞いていたソウヤは、ビックリしてしまった。


 血縁関係かも、というのも驚きだったが、姉か妹と言うと。


「メスだったのかよ!?」


 ソウヤの声に、ミストは頭を抱え、影竜はキョトンとした。


「そういえば、あなた、竜の姿だと男か女なのか見分けがつかない節穴さんだったわね」

「いや、見た目でドラゴンのオスかメスか判断できるものなのか?」


 節穴呼びは心外である。ライオンのようにたてがみの有無とか、はたまた、角のあるなしで雌雄が判断できるなら別だが。


 ……影竜もミストドラゴンも、立派な角を持っていた。


「人間は無知なのよ」

『ああ、把握している。我ら上級ドラゴン以外の種族など、大抵こんなものよな……』


 上から目線のドラゴンたち。この種族特有の上から発言である。


「でも、ソウヤは他の人間よりは、ワタシたちに理解があるわ」

『そのようだな』

「……」


 もうそれでいいよ、とソウヤは投げやりになる。


 ということで、影竜がソウヤのアイテムボックス内に住むことになった。前代未聞である。どうしてこうなった?


 ミストの親族かもしれないと言うのなら、無下にもできない。おとなしくしている分には多少の面倒も見よう。


 問題になるのは、食事か?


『卵が孵るまでは、特になくてもいい』


 影竜は言った。


『ドラゴンは、おとなしくしている限りは、しばらく食べなくても生きていける』

「そうなのか……?」


 ミストは毎日食べているのだが。ソウヤが見れば、黒髪美少女姿の霧竜は肩をすくめる。


「でも、ドラゴンのサイズからしたら、ほんの少しでしょう?」


 確かに、ミストの食事量は、人間の一人前でみれば若干多いのだが、十メートル超えのドラゴンサイズからすれば、全然少ない。


 ――そういや、ドラゴンが空腹で人里にやってくるとか、聞いたことないな……。


 ただし、ワイバーンは、たまに出現する。もっともあれは分類では、ドラゴン類に含まれないとする説もある。


 ドラゴン類は腕があるが、ワイバーンなど飛竜類は腕がなく、翼となっているのが大まかな違いだ。


「そう言えばあなた、人化の魔法は使える?」

『ああ、使える』


 影竜は、唐突にみるみる小さくなり、人型――女性の姿に変身した。


「……真っ黒だ」


 全身真っ黒。黒い全身タイツを着ているような、想像の斜め上の姿である。……某少年探偵の犯人みたい、と思ったが黙っているソウヤである。


 ミストが口をへの字に曲げた。


「さすがにそれはないわ……」

「ああ、待って。人に化けるなんて、ほとんどなくてだな……」


 そういうと黒から色が変わっていく。黒から茶色に――


「おっと、ストップ! ストップだ! そのままだとマズイ!」


 黒の時は気づかなかったが、彼女は全裸であった。人の肌に変化した時に、すっぽんぽんは色々よろしくない。


 ミストが魔力で適当に衣装を具現化させて、影竜が化けた女性に着せる。その後、改めて肌色を調整していくと――


「美人だ……」


 女性としてはやや長身だが、スタイル抜群の二十歳前後の美女がそこにいた。髪の色は若干紫がかった黒か。ミストと比べる、より野性的な雰囲気だ。


「へぇ……見事なもんだ」

「どこを見て言ってるのよ」


 ソウヤの感想に対して、ミストが睨むような一瞥をくれる。なかなか豊満なお胸様を見ていた、とはさすがに言わない。


 だがその敵意じみたミストの視線は、すぐに影竜へと向いた。


「あなた、ワタシより背が高いのはなに? 当てつけかしら?」

「もともと、我のほうがお前より大きかっただけだろう?」


 挑むように、影竜はミストを見下ろした。


 ――え? もめるのはそっちなん?


 ソウヤは目を丸くして、ドラゴンである女たちを見た。

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