第194話、影竜と交渉中
「何となく事情は察した」
ソウヤは、影竜に呼びかけた。
「オレたちは卵に手を出すつもりはない。しつこいようだが、行方不明者の捜索中だ。彼らがどうなったか教えてくれ」
――まあ、ぶっちゃけ、生きていないわな。
ソウヤは思う。卵を守ろうとしている親ドラゴンが、それに近づく者を生かしておくわけがないのだ。
最悪の展開ではあるが、卵を守るという生き物としての基本行動の結果ゆえ、恨むわけにもいかない。
「ドラゴンさーん、返事は?」
「ソウヤ、たぶん、あいつ眩しいんじゃない」
「……」
光のせいで返事ができない? ――んな馬鹿な。
「光を弱めてもいいが、その前に答えてくれ。卵のことはこちらは興味ないんだ。不明者がどうなったか、怒らないから教えてくれ」
『……卵を盗らない?』
ドラゴンが聞いてきた。ソウヤはため息をつく。
「盗らない。何度も同じことを言わせないでくれ」
『本当に、本当?』
しつこい――ソウヤはうんざりする。
「盗らない」
「なら答えよう。卵を狙う不埒な奴らは、我が殺した」
「……そうか」
ソウヤはジンに手を振った。
「ちょっと光度落として」
とりあえず、このドラゴンさんとお話しよう。ソウヤは、影竜から事情を聞き出した。
それによると、影竜はこのダンジョンに棲んでいたが、ある日、秘密の通路を開いて魔族が侵入したという。
敵意を持つ魔族はその場で返り討ちにしたが、今度はその開いた通路を冒険者の集団がやってきた。
彼らは影竜と遭遇し、話し合うでもなく戦闘に突入した。卵があると知るやそれを奪おうとさえした。当然、影竜は闇に紛れて全員を返り討ちにした。
そして行方不明となった冒険者を探してやってきた捜索者たちは、卵を発見される前に始末した――
「事情は把握した」
ソウヤはすでに武器をしまい腕を組んでいた。
「捜索隊のドワーフたちは気の毒だったが、今回の件は最初に入り口を開いた魔族が悪いな。次にきた冒険者集団は……まあ、仕掛けたのは彼らだし、親がいる前で卵を奪おうとすりゃ狙われることくらいわかる。完全に自業自得だ」
「そうね」
ミストも同意した。視線が老魔術師に向くが、彼もまた頷いた。
「こちらの影竜は一族を守るための本能に従っただけだ。私が弁護士なら、正当防衛を主張するね」
「決まりだ。あんたがオレらを襲わない限りは、オレらもあんたには手を出さない」
ソウヤは、影竜に告げた。その影竜が頭を下げた。
『正直、人間の言葉は信用し難いのだが、そちらに同族がいる。そのよしみで、信じよう』
「それはどうも」
ミストが首をすくめてみせた。
「それで、ソウヤ。ギルドにはどう報告する?」
「魔族がダンジョンに入り込んで、何か企んでいたという線はどうだ?」
そもそもの原因が魔族の侵入である。連中がこのダンジョンで何かをしようとしなければ、こんな騒動も起きなかった。四十人近い死者の根本を辿れば、魔族のせいである。
「それが無難ね。でもひとつ問題があるわ」
「ああ、その開いてしまった秘密の入り口だろ」
ソウヤはジンを見た。
「魔法で穴を塞ぐか?」
「塞ぐだけでいいのだろうか?」
「と言うと?」
「魔族は上級ドラゴンに接触してきた。つまり、何か目的があったはずだ」
ジンは影竜を見上げた。
「それが何かわからないが、果たされてない以上、魔族は再びここにやってくる可能性が高い」
「あり得るわね」
ミストが考える素振りをみせる。
「ワタシのテリトリーである霧の谷に奴らが来た時は、魔王の邪魔になるとかどうとか因縁をつけられたわ。特に魔王に恨まれる覚えもないのにね」
『何が言いたいのだ?』
影竜はミストを見下ろした。
「あなたも、魔族にとっては邪魔者として狙われたんじゃないかってことよ。あなた、魔族に何か恨まれるようなことをした?」
『フン、心当たりはないな』
影竜は鼻をならす。
『つい先日挑んできた者を返り討ちにしたくらいだが、それは恨まれる理由にはなるまい。むしろこっちが怒っているくらいだ!』
ガァァ、と影竜が咆えた。ソウヤは肩をすくめた。お怒りはごもっとも。
『次も現れても、返り討ちにしてくれる!』
「気持ちはわかるけれどね」
ミストは片方の眉を吊り上げた。
「あなた、光に激弱じゃない。ワタシたちに手もなく、卵のところまで追い込まれてるわよね?」
『弱いのではない。光で持ち味が活かせぬだけよ』
闇に紛れての奇襲は、暗闇の中では変幻自在にしてほぼ無敵だろう。
「魔族も馬鹿じゃないわ」
ミストが鼻で笑った。
「何度も仕掛けてくるうちに対策だって立ててくるでしょうよ。あなたが、ここにこもっている限り、いつかは大事な卵も奪われてしまうかもしれないわよ?」
「貴様は、何が言いたいのだ!」
影竜は苛立ちを露わにした。
『この上級ドラゴンがテリトリーを捨てて、どこぞへ隠れろとでも言うのか? プライドの問題だけではない。卵があるのに、いまさら場所を変えられるものか!』
「でしょうね。上級ドラゴンが移動するだけでも、周囲に与える影響は大きいわ」
ドワーフはもちろん、ドラゴンの姿を目撃した人間たちも騒ぎ立てるのが目に見えている。
「そこで提案があるんだけれど」
ミストは悪戯っ子のような顔になった。
「絶対安全で、静かに卵を守れる場所があるんだけど……興味ない? 同じドラゴンのよしみだから教えてもいいけれど」
ねえ、ソウヤ――と、ミストが視線を寄越した。
すぅー、と呼吸するソウヤ。彼女が言っている絶対安全とは、アレのことだろうか。察してしまい、ガクリと頭が下がった。
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