第186話、黄金の翼、ここに眠る
十年経って、もしかしたら魔族が新たな城を建てたかもしれない――そんな考えでやってきたソウヤ。
かつての魔王のいた島を、空から一周。高くそびえ立っていた魔王城は、決戦の煽りを食らって倒壊したままだった。
『生き物はいるみたいだけれど――』
ゆっくりと島の上を巡りながら、ミストが念話を寄越した。
「魔物とも呼べないほどの小動物ばかりね。人や魔族とか、気配がまったく感じられないわ」
「完全に無人島ってか、こりゃ」
恐ろしいほど普通の島になっていた。
特にソウヤは指示しなかったが、やがてかつての飛空艇の墜落現場に到着。そこで地上に降りた。
ハードな不時着をした飛空艇は船底が潰れ、また中央部分で船体が折れていた。飛行用の補助翼も穴が空いていたり、そもそも欠損していたりと、どう見ても飛べそうにない。
霧竜から美少女姿に戻ったミストは、腕を組んで船を見上げた。
「これまた派手にやられたわね」
「飛行型の魔族が押し寄せてきたからな」
ソウヤは、船体中央の切れ目から、船の中に入る。
「どうだ、ミスト? 何かいそうか?」
「感じ取れないわね」
暗く、しかし至る所に空いた穴から、外の光が内部に差し込んでいる。二人は船内の調査を開始する。
十年の放置は内部の腐食をかなり進めていた。同じ墜落でも、霧の谷にあったものより、こちらのほうが損傷が酷い。
「そういえば、この船、名前はあるの?」
「ゴールデンウイング号」
かつての勇者パーティー『黄金の翼』をそのまま付けた。その名前を呟いた時、ソウヤの胸に寂寥感がこみ上げた。
仲間たちの思い出。生き残った者、死んだ者――全員が揃うことは二度とない。
無言になってしまうソウヤ。そのまま目的である飛行石がある部屋へと向かった。
「……あった」
直径五十センチほどの球体――飛行石だ。それが台座から落ちている。おそらく墜落の衝撃で固定が外れてしまったのだろう。
ソウヤは飛行石を手に取る。ヒビ割れなどは、なし。
ちょっと魔力を流してみる。すると飛行石がほのかに光り、ソウヤの体が床からわずかに離れた。
「おっと、ちゃんと動くな」
壊れている様子もなく一安心する。
「飛行石ゲット!」
「目的は果たしたわね」
ミストは頷くと、船内を見回した。
「で、これからどうする? このまま帰る? それとも魔王城の跡地を調べる?」
「……」
激闘。ソウヤの脳裏に魔王との死闘が蘇る。
「辛い?」
気遣うようなミストの視線。ソウヤは頭を振る。
「いや。魔王は倒した」
ソウヤは部屋から出る。
「まだ余裕があるし、魔王城も見ていくか。さすがに今でこそ無人でも、あの当時は魔族がいたわけで、まったく何もしなかったとは思えないし」
生き残った魔族が、生前の魔王の城を訪ねたり、そこで住んでいた仲間を探しにきたりくらいはしていたかもしれない。
「ないとは思うが、もしかしたら地下に秘密の拠点を作っていたりしてな?」
「でも、今も魔族は、ソウヤが倒した魔王を復活させようと暗躍しているんでしょ?」
ミストは鼻で笑う。
「ちょっと許せないわよねぇ。墓標くらいは見逃すけど、それ以上あったら叩き潰してやるわ」
「……墓標か」
――そうか。ここは、世間じゃ魔王の死んだ土地なんだよなぁ。
物思いにとらわれながら、ソウヤはゴールデンウイング号を出る。
そこでふと、振り返る。
「どうしたの? ソウヤ」
「んー……ちょっとな」
もはや二度と飛ぶことはない、かつての飛空艇を眺める。修理すれば――という思いが過るが、すでに同じように修理待ちの船がもう一隻あるわけで。
――これは思い出なんだ……。
アイテムボックスに収納して持ち帰るかとも考えたが、このままそっとしておくべきかもしれないとも思う。
「いや、やっぱり持っていこう」
修理しないかもしれないが、このままここで朽ちるに任せるのも、もったいない気がした。
かつての仲間たちとの思い出、その一ページをアイテムボックスの中に保存しておこう。
・ ・ ・
巨大な城であり、要塞だった魔王城。十年前、そのあまりに大きすぎる城は、ひとつの町ほどのスケールがあった。
だが、今では廃墟しかなく、しかも城ではなく、ひとつの古代遺跡のように朽ち果て、原型を留めていない。
これが魔王の力だ。勇者ソウヤとの戦いの余波は、自らの居城を破壊し、一夜にして栄華を瓦礫へと変貌させた。
「こうなると、一から片付けないと拠点として利用できないか……」
ソウヤは、自分たちが魔王を倒すために駆け抜けた道を思い出しながら歩いていた。空中の回廊をいくつか渡ったが、今は上層階がないために、それらの橋も全部なくなっている。
「魔王がいた場所ってのは、魔力が流れている見えないラインの上に立っていると聞いた」
仲間の魔術師がそう言っていた。
「そういう場所には、魔獣が集まりやすいとも」
「確かに、そういう話はあるわね」
ミストは、ぐるりと周囲を見渡した。瓦礫、壁だったものの残骸などなど――
「でも、ここには魔獣の気配がないわね」
「不思議だな」
ソウヤは首をかしげる。床だった部分に散らばる石材のせいで、所々歩きにくい。
「ここが孤島だからかもね」
「……なるほど、魔族ならともかく、魔獣が単独ではやってこれないからな」
魔王との戦いでは、この島全体に大きな被害が出た。城の倒壊に巻き込まれた魔族や魔獣もかなりものだったとソウヤは記憶している。
そして、城の跡地にぽっかり地下へと続く大穴が開いている。その下の大空洞――魔王との最後の戦いの場だ。
「こういう場所って、邪な魔力が残っていたりするのが普通だけど――」
ミストは唇の端を釣り上げた。
「普通の洞窟よね。魔王がいたなんてとても思えないわ」
魔力に敏感なドラゴンでさえ感知できないのだから、本当に清浄な空気と魔力で満たされているのだろう。
ソウヤもつられて笑った。
「後世、ここは観光名所になるかもな」
勇者と魔王の最終決戦の場として。
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