第187話、いい名前を考えるのは難しい


 魔王城の地下空洞には、結局のところ、大きな発見はなかった。


 掘ったら鉱石や宝石がありそうではあるが、何かお宝が埋蔵されているとか、そういうものは見当たらなかった。


 あったとしても、十年も前。後から魔族連中がやってきて、拠点化こそ諦めたにしろ、使えるものは持ち去ったのだろう。


 目的の飛行石を手に入れたので、野営で一晩を過ごした後、ソウヤは霧竜になったミストの背に乗って帰途についた。


 飛空艇の修理、その後、空へ――その実現に向けて着実に前進しているのがわかる。いつかできたらいいな、ではなく、もう近いうちに飛空艇が蘇るのだ。


『それで、新しい飛空艇の名前はどうするの?』


 ミストが念話で聞いてきた。


「名前かぁー」


 先代の天空人遺産である飛空艇は『ゴールデンウイング』号だった。


 いまは白銀の翼、銀の翼商会である。――シルバーウイング?


 自分でつけておいて何だが、船の名前にすると微妙な気がする。金から銀に下がった、というか。パーティー名や商会名では気にならなかったのに何故だろうか。


 ……おそらく、シルバーという響きが引っかかっているのだろう。高齢者の何とか、を連想してしまうせいかもしれない。


「何か候補はあるかい、ミスト?」

『そうねぇ……』


 霧竜は思案する。長い沈黙。ソウヤは自分でも考えながら、ミストの答えを待った。


 やがて、彼女は言った。


『そういえば、他のものに名前を考えたり、付けたりなんて、初めてだわ』

「お、おう……」


 てっきり何かいい候補が浮かんだのかと思ったら、見当はずれな回答だった。考えてみれば、ドラゴンが名付けなどそうそうないだろう。ソウヤは苦笑する。


「オレも名付けってのは苦手だな」

『ゴールデンウイング号は、誰の発案だったの?』

「……誰だったかな」


 勇者時代に飛空艇を手に入れた時、名前をどうするか悩んで、ああだこうだ言っているうちに、『黄金の翼でいいんじゃないですか』という流れになって決まった。賛成多数、と言っても、却下された案はあったが他に候補があったわけでないから、そう決まったのではなかったか。


『じゃあ、手っ取り早く、「ゴールデンウイング二世」とかでよくない?』

「二世か……」


 ――ゴールデンウイングⅡでもいいか。


「あ、いや、勇者の船じゃないんだから、ゴールデンウイングを受け継いだらマズくないか?」

『何を言ってるのソウヤ』


 霧竜の頭が傾いた。さながら首を横に振っているように見える。


『あなたは世間では勇者マニアで通しているんでしょ? むしろマニアなら、勇者の船になぞらえて、自分の船にゴールデンウイング号ってつけるのが自然じゃないかしら?』

「一理あるな、それ」


 実に、もっともらしく聞こえた。勇者好きがもとで真似っ子している、という設定からすると、アリだ。……ただ、よくよく考えると少々痛い人みたいではあるが。


「候補としておこう。他の面々にも相談して、それで決めよう」


 とりあえず、ソウヤはそう判断を下した。銀の翼商会保有の飛空艇ということで、皆で話し合おう。



  ・  ・  ・



 飛行石を手に入れたソウヤとミストは、ルガードークへ戻った。


 出張期間は二日ほどだったが、ドワーフ集落にいた仲間たちは、何もトラブルに見舞われなかった。


「おれは飛空艇の修理に掛かりっきりだったからな」


 アイテムボックス内、飛空艇置き場。機械をいじっていたライヤーは、油に塗れた手を拭いながら言った。


「この町じゃ、おれは悪い噂しかないからな。外出は避けた」

「賢明な判断だったな」


 ソウヤは皮肉る。実は、留守中に何かあれば、一番危なそうなのがライヤーだと思っていた。理由は、彼自身が口にしたように、ルガードークでは悪い噂が先行しているからである。


「それで、旦那。肝心の飛行石は――手に入ったようだな。その顔を見れば」

「ああ、ゴールデンウイング号の飛行石は無事だった」

「ゴールデンウイング……黄金の翼か、格好いいな」


 ライヤーはニヤリと笑った。


「そういや、コイツには名前があるのかい?」


 現在修理中の飛空艇を指さしながら、ライヤーが聞いてきた。


「ミストとも話したんだ。この船は拾いモノだから名無しだからな。ミストは『ゴールデンウイング二世号』でどうって言っていた」

「へえ、なるほどねぇ……」


 ライヤーは自身の顎を撫で無精ひげに触れる。


「まあ、悪かねえが……」

「すんなり賛成ってわけでもなさそうだな」

「二世っていうけど、こいつ、その初代ゴールデンウイング号と何か共通点あんの?」

「どちらも古代文明時代のものだったくらいかな」

「そっかー。まあ、飛行石を引き継いでるし、二世ってのもアリか」


 などと一人納得するライヤー。ソウヤは言った。


「本決まりじゃないから、何か候補があったら教えてくれ」

「あいよ」


 ライヤーは、ソウヤから飛行石を受け取ると、飛空艇へと歩き出す。


「じゃあ、さっそくこいつを取り付けよう。いやあ、楽しみだなぁ」


 ウキウキしているのが、その背中を見てもわかった。


 やる気のライヤーを見送り、アイテムボックスハウスへ戻るソウヤ。そこで、奇妙な光景を目撃した。


「何あれ……?」


 小型のボートが、ふよふよと屋敷の上を飛んでいたのだ。


 よくよく見れば、ジンがボートに乗っている。老魔術師とボートは、まるで池を進むがごとく、ゆっくりと動いている。


 水もないのに、水の中から見上げているような気分になった。


 ――まーた、あの爺さん、何か始めたな。


 下ではセイジが口をあんぐりと開けて、ボートを見上げている。ソウヤはそばまで歩み寄った。


「セイジ、あれは何だ?」

「空飛ぶボートだそうです」

「まんまだな。オレの留守中に新製品の開発か?」

「ドワーフの工房で人工的に作られた飛行石を見たとかで……」


 そういえば、そうだったとソウヤは頷く。ライヤーとジンがいて、ブルーアが持っているのを見ている。


「あれで、飛行石に頼らない飛行できるものを作ろうと、言い出して」

「で、ボートを飛ばしていると」


 やるなぁ、と感心を露わにするソウヤだが、セイジは肩をすくめた。


「でもジンさん曰く、浮遊バイクの延長らしいです。浮遊するバイクが作れるなら、これくらいはできる、と言っていました」

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