第153話、勘は囁く
「とにかく、損失分はきちっと払ってもらう! そういう契約だ!」
レイグという商人は怒鳴った。
「金貨1000枚! 耳をそろえて返せ!」
「んな大金、払えるわけねぇ!」
灰色髪の男が声を張り上げたが、レイグは怒気を強める。
「アホが! 払うんだよ! 絶対にお宝があるから、損はさせないと言ったのはソッチだろうが! もし見つからなけば補填するって言ったのはてめぇだぞ!」
「うっ、それは……」
男は言葉に詰まる。商人は腕を組んだ。
「ほらみろ、てめぇは調子のいいことばかり言いやがる。これ以上、口車に乗る気はねえ。約束どおり、払うんだよ!」
……とかいうやり取りを、遠巻きに見守るソウヤとセイジ。遺跡を眺めにきたら、面倒そうな場面に遭遇したものである。
「聞いた限りだと、あの男のほうに非がありそうだな」
財宝が出てくると言って発掘資金を商人に出させた。これで、きちんと財宝が発見されていれば何の問題もなかったが、ハズレると悲惨なことになる。
――しかも金を出させる段階で、もし見つからなければ弁済すると契約しちゃってるとなると、完全に自業自得だろうなぁ……。
よほど財宝発見に自信があるか、さもなくば確証があったのではないか。そうでなければ、アホか博打狂いだろう。
ソウヤは天を仰ぐ。つまらない場に居合わせた不幸を嘆きたくなる。
と、そこで違和感に気づく。
――なんか、空が歪んでね……?
虫眼鏡で覗き込むと、周りと見え方が違うものだが、何となくそれに似たような歪みが見える。青空の、ほんの小さな違和感。高さは大体、十メートルくらいのところか。
――モンスターが潜んでいる……?
しかし動きはない。何かの仕掛け? 遺跡の上というのは何とも意味深じゃないか。
調べたい。
まるでUFOを見たような、何だろうという好奇心が疼いた。ただ、ここはバルドラ商会が採掘権を持つ遺跡である。許可なく入るのは難しいだろう。
今も、おそらくその商会の人間がいて、金を払う払わないで揉めている。
「早く立ち去ってくれねえかな」
「え?」
ソウヤの呟きを、セイジは聞き逃さなかった。
「――ライヤー、金が払えないって言うんなら」
レイグ商人が、我関せずという雰囲気の青髪の少女――フィーアに向いた。
「その人形娘を引き渡せ。そいつは古代文明の遺産なんだろう? てめぇの借金返済に充分な金になるだろう!?」
――え、あれ古代文明の遺産なの?
ソウヤはポカンとなった。変わった服装だが、普通の女の子に見えたそれが、古代文明時代の人形とは思わなかったのだ。ゴーレムか、それともアンドロイドみたいなものだろうか?
「フィーアを!? 駄目だ、こいつはァ渡せねえ!」
灰色髪の男――ライヤーと呼ばれたその男が跪いた。
「頼む、レイグ。いや、レイグさん! フィーアは大事な存在なんだ! こいつを渡したら、あんたらバラしちまうんだろう!? それだけは勘弁してくれ!」
「……何もバラすとは言ってないが。確かにそうしなければ売れんかもしれん」
「だー! やめてくれ! 何でもする!? だから勘弁してくれ!」
ライヤーが土下座っぽく手をついて頭を下げた。
そこまでして守りたいものなのか――見ていたソウヤは、少し興味を持った。
古代文明時代の人形というのも気になるが、少女の姿をしたそれを必死に守ろうとする姿は、娘を庇う父親のようにも見えたのだ。
「何でもするっていうなら、今すぐ金を返せ! それができなきゃ人形を差し出せ!」
レイグは断言するように力強く告げる。
「何でもするってのは、そういうことだろう?」
「……」
――あーあー、見てらんないよ、ほんと。
ソウヤは自身の中の悪い癖が顔を覗かせているのを自覚した。一歩踏み出し、彼らの元へ近づこうとすれば、セイジが慌てた。
「え、ソウヤさん!?」
「ちょっとお邪魔しよう」
というわけで、ツカツカと歩み寄ったら、商人の周りの用心棒たちがやってきた。
「何者だ? 勝手に入ってくるんじゃねえよ!」
「あー、銀の翼商会のモンだが、こちらに発掘の責任者いる?」
ソウヤが愛想笑いを浮かべると、護衛の男たちは警戒するように怪訝な顔になった。商会、つまり商人と名乗りながら、ソウヤの格好が冒険者のそれにしか見えないからだ。
「いま取り込み中なんだが?」
「借金がどうとか聞こえたんだけども、その借金――えーと、金貨1000の件」
「ちょっと待て。――レイグさん!」
護衛の一人が、レイグを呼んだ。ライヤーと問答をしていた彼は不機嫌そうに、ソウヤを見たが、借金の返済うんぬんと護衛から聞くと、こちらへとやってきた。
「バルドラ商会、遺跡発掘部門の、レイグです」
「銀の翼商会、ソウヤです」
「あー、あなたが、噂の銀の翼商会の勇者様」
「勇者マニアです」
思わず訂正を入れるソウヤ。しかし、小さな行商である銀の翼商会を知っていると聞くと、本当に知名度が上がったのだと実感する。
「それで、かの銀の翼商会さん、ライヤーの損失分を補填してくださるというのは本当なんですか?」
「あー、まあ……」
本音、ここの採掘権を買いたい。だが、彼の今の関心は損失分の補填でいっぱいのようなので、そっちに乗る。
「そうですね。金貨1000枚とか」
「はい。ライヤーの代わりに払っていただけるので?」
「契約書は?」
「ここに」
レイグは懐からロールを出して、それを広げて見せた。ライヤーとバルドラ商会のレイグと交わした契約だ。
――確かに、財宝に類する発掘品が出なかった場合、ライヤーが補填すると書いてあるな……。ふむふむ。
「確認ですが、金貨1000枚を補填分として出した場合ですが、ここの採掘権はどうなってます?」
「バルドラ商会は手放しますよ。持っていても赤字になる一方ですから……もしかして、銀の翼商会のほうで採掘権を買いたいと?」
レイグは難しい顔になった。
「こんなことを言いたくはないですが、やめたほうがいいですよ。ここはゴミしか出てこないですから、損するだけだ」
「まあ、財宝を狙っているというのではないですから。古代文明にはロマンがありませんか?」
「そういうものですかね……。損失分を補填してくださるなら、採掘権は格安でお譲りしますよ。別の遺跡に早々に掛かりたいので」
「それは結構。じゃあ、早速、契約書作りましょうか。ああ、あと金貨1000枚」
ここまで稼いできた分、かなり吹っ飛ばす買い物ではあるが、それだけの価値はあるという直感がソウヤにはあった。
勇者時代から、時々感じた不思議な縁――いや嗅覚が訴えているのだ。ここに、何かあるぞ、と。
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