第149話、事業拡大?
浮遊バイクの量産と一般への販売。
ソウヤの提案は、バッサンの町商業ギルドのボルック、冒険者ギルドのエルクを大いに驚愕させた。
倒したお茶を拭き、新しいものを用意される間に、ソウヤは「まだ開発段階」と釘を刺した上で説明をした。
古代文明時代の遺産である浮遊バイクを完全再現するのは難しいが、現在の魔法と魔石技術を組み合わせて、浮遊バイクを製作することは不可能ではない。
「なんと!?」
「魔法と魔石の組み合わせ……まるで魔道具のようですね」
エルクが顎に手を当てながら言った。ソウヤは頷く。
「まさに。魔道具と考えたほうがいいかもしれません」
「そう考えると、俄然、何となりそうな気がしてきましたね」
冒険者ギルドのギルマスは相好を崩した。
「浮遊できる靴とかあるんだから、それを乗り物に応用すればいい。……なるほど、どうしてこんな簡単な考えに至らなかったのか。なあ、ボルックよ」
「空を飛ぶ、ということは特別なものだからな。国レベルでしか保有していない飛空艇も古代文明の遺産をベースにしているし、魔法使いは空飛ぶホウキを使うが、あれは魔法使いだから使えるというのが一般認識だ。特別なものだから、真似できない……そう思い込んでいたのだ」
ボルックは髪をかきむしった。
「ソウヤさん、目から鱗が落ちました」
「いえいえ。うちの商会で、乗り物を増やせないかという話になりましてね。試作していたら、これを一般に販売できないかと考えていたんですよ」
「まさに! 我々が求めていた品です!」
ボルックは歓喜の声を上げた。エルクも上気した顔を向ける。
「商人はもちろん、冒険者にとってもです!」
そして国や貴族たち、その軍隊でも使われるだろうな――ソウヤは、その言葉を飲み込んだ。
つまり、量産できれば、これまた需要があり過ぎて、注文限界が近い醤油のように購入希望が殺到するわけである。
新製品の投下。もちろん製品が使い物にならなければコケるのだが、ある程度の品質さえ確保できたなら、先駆者特権で億万長者だ。
「まだ試作の段階で、テストももちろん必要ですが、量産化の目処が立てば、どこかに製造工場を作って、専門のバイク販売業に着手できたら……と思っているのですが」
「それならばぜひ! バッサンの町で!」
ボルックがまたも机ドンして立ち上がり、運ばれたばかりのお茶をひっくり返した。――ああ、もったいない……。
「我が商業ギルドにも一枚噛ませてください! 土地でも人でもお金でも、必要な支援は何でもご協力をお約束いたしますっ!」
まだ案の段階なのだが、非常に乗り気なボルック商業ギルド・サブ・マスター。『何でも』ときたので、相当、熱が入っている。
――これは、バイクが牽引する荷車のほうも、売り物になるかもしれないな。
商人からしたら、引っ張る馬(バイク)だけでなく、車のほうもそれ用のものが欲しいかもしれない。
ソウヤはひとり頷くと、開発担当と協議の上、まずはモノをある程度、形にしてから話を進めましょうと伝えた。
浮遊バイク製造を銀の翼商会の本業にするつもりはないので、製造を委託できる場所があれば、と考えていた。
ここでしか話していないとはいえ、バッサンの町商業ギルドが真っ先に手を挙げたので、それもいいかなと思う。
製作担当のジンも、商品化に向けて浮遊バイクを作っていたので、これ以上は彼と相談してからの判断となる。
その後、バッサンの町や遺跡群の情報を集め、ひとまずの会談は終了となった。
なお、ボルックが町に滞在している間の宿代を出してくれるとのことだった。VIP待遇である。
・ ・ ・
これは僕に好意があるんだろうか……?
セイジは、隣を歩く美少女魔術師を盗み見る。
鮮烈な赤い髪。灰色の瞳は興味深げに目まぐるしく動いている。気の強そうな顔だちも黙っていれば、しとやかに見えるのだから不思議だ。
すらりとした体型ながら女性として胸が結構あって、セイジは体温が上がるの感じた。
「ねえ、セイジ。あれ何!?」
貴族令嬢であるソフィアは、初めて下々の町にきたお姫様のようにはしゃいでいた。もっとも本物のお姫様など見たことないセイジにとって、それは想像でしかないが。
銀の翼商会での買い出しとして食料品を調達しに町の市場へときた。今回、ソフィアが観光ついでに同行を申し出た。
だから、一緒に行動しているわけだが……セイジは、心臓の鼓動が大きくなっているのを感じていた。
初めて会った時から、綺麗な人だと思った。ただし、彼女の言動を聞いた時は、高圧的かつ攻撃的で、セイジに好みではなかった。
だが行動を共にするうちに、魔術師の家系ながら魔法が使えず苦労していたところや、呪いを受けながらに頑張って魔法を使えるようにと努力する様をみて、その意識が変わった。
強い冒険者になりたい、というセイジ自身の想いと重なるところがあったからだ。
才能はない。だけど諦めきれなくて、足掻いて。
そう考えたら、段々、ソフィアのことが気になっていった。あれだけの美少女なのだから、自然と目がいってしまうものだが、外見ではない、中身のほうで好意を抱いていったのだ。
――ソフィアは、どう思っているのかな……?
聞いたところでは、彼女はセイジより二つほど年上だという。セイジ自身、小柄な体格で、若干ソフィアに身長で負けているがまだ成長期。すぐに追い抜くだろうと思っている。
だが今は、弟みたいなもののように見られている、と感じていた。
市場の端で、露天商の土産ものを眺めているソフィア。その姿を見るだけでドキドキしてくる。セイジは落ち着くために視線を外す。
人通りは少なくない。財布をかすめ盗ろうとする子供を二人ほど躱し、再び油断なく周囲を確認する。
「――って、聞いてるのセイジ?」
視界にソフィアの顔のドアップが現れた。心臓が一瞬止まる。
「うわっ!?」
「って! 何よ、びっくりさせないでよね!」
脅かしたわけではないのだろうが、いきなり過ぎてビックリしてしまうセイジ。思わずあげた声に、ソフィアも一歩引いた。
「もう、ぼーっとしていたから声かけてあげたのに、しっかりしなさいよ」
パチン、とおでこを軽く弾かれた。いてっ、と思わず反応するセイジに、ソフィアは自身の腰に手を当て、苦笑する。
「もう。しょうがないわね。ほら、お姉さんが手を引いてあげるわよ」
「子供扱いしないでほしいな」
セイジは、すたすたと歩き出す。姉貴ぶられて面白くなかったのだ。
「むしろ、僕が手を引かないと迷ってしまうんじゃないかい、お嬢さん?」
「なーまーいーきー!」
ソフィアが拗ねた。そうやって子供っぽいところを見せている間は、年の差を忘れることができるセイジだった。
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