第150話、バッサンの町の出来事
セイジとソフィアは買い出しを済ませ、後は宿に戻るだけになった。
もっとも、買い物自体はセイジがやって、ソフィアはほぼ観光気分の散歩だったが。荷物はソウヤからもらったアイテムボックスに入れているから、ほぼ手ぶらだ。
「ソフィアは、楽しそうだね」
「初めての町にいるのよ、わたしたち!」
バッと大げさに両手を上げた。
人通りの多い場所で、目立つポーズをとらないでください――周囲の通行人の視線を受けて、思わず額に手を当てるセイジ。
道の真ん中で両手を広げる美少女魔術師。目につかないはずがない。
「もーお、セイジ、そんな陰のところ歩かないで、もうちょっと真ん中歩きなさいよ。別に馬車が通る道でもないんだし。……というかさ」
ソフィアは眉をひそめる。
「道の端は、汚物が落ちてるから汚いわよ」
「……そんな端っこは歩いていないよ」
上下水道が整備されているわけでもない町である。家で出したそれらを、窓から外に捨てるというのは普通だったりする。
さすがに表通りはそういう例は少ないが、一本通りが変われば、臭気もまたしてくる。
というわけで、中央通りにいるのだが――
「もう少し、町を見て回らない?」
ソフィアはもう少し観光がしたいようだった。
土地勘もないし、情報も中央通りくらいしかないのに、歩き回って大丈夫だろうか? セイジは不安になる。
物盗りがいるのはどこも一緒とはいえ、路地などに迷い込んで、地元のヤバイ連中と出くわしたらと考える。……この町にそういうヤバイ連中がいるかは知らないが、いないと思うほどセイジも楽観主義者ではない。
何せ自分は、運び屋で、お世辞にも戦闘能力は高くなかった。だから危険に関しては人一倍警戒していたし、それがあったからここまで生き延びられたと思っている。
あれから少しは強くなった。ソウヤやミスト、ガルに戦い方を教わり、また腕利きである三人の戦いぶりもつぶさに見てきた。
だが、自分ひとりで全て何とかできる、と思い上がってはいない。
「ならいいわよ。わたしは、もう少しその辺りを散歩してくるから」
ソフィアは歩き出した。セイジは慌てる。
「危ないよ。知らない町なんだからさ」
「大丈夫よ。わたし、魔術師よ」
愛用の杖は持っている。見るからに魔術師という格好の彼女ではある。でもソフィアは美人だから――ナンパな男たちが寄ってこないか心配になる。
「町中で大きな魔法は使ったらいけないよ」
「わかってるわよ、そんなの」
拗ねた顔になるソフィア。些細な攻撃魔法といえど、町中で使えば刃物を振り回す並の危険行為である。町の警備団に逮捕されてもおかしくない。
「あ、ソフィア、危ない!」
通行人にぶつかりそうになるソフィアをセイジは注意した。前方不注意だが、注意が早かったから衝突はなかった。……なかったのだが。
「おっと、可愛い嬢ちゃんじゃねぇかー」
ガタイのいい冒険者らしき男に絡まれてしまう。
「ちょっとヒマしてんだ。オレたちと遊ばないー? いや、遊ぼうぜー」
三人組だった。傭兵崩れというか、逆らったら怖そうな男たちである。ソフィアは一瞬口元が引きつったが、すぐに相手を睨みつけた。
「うるさいわね。こっちは忙しいのよ。失せなさい!」
「ああっ!? 可愛い顔して、威勢がいいじゃねぇーか」
男の人相がさらに悪く、凶悪めいたものに変わる。
「あんまナメた口、聞いてっと、やっちまうぞ、ああっ?」
ああ、神様――セイジは胸の奥で十字を切った。
まったく、どうしてこうなるんだ――悪態がこぼれる。
――以前の僕なら、たぶん何もできなかった……。
今でも怖い。見た目強そうな男が三人も。ソウヤたちに出会う前の、ただのサポーターだった頃なら、飛び込むのは自殺行為。絶対に、関わらないようにしていた。
セイジはため息をつく。
だけど、今は違う。今巻き込まれているのは仲間だ。ソフィアは魔法は使えても、対人では素人も同然。ここはセイジがどうにかするしかなかった、
そう、誰も、いないのだ。自分以外に。
「ちょっと待った!」
まったく勝算はなかった。だがセイジは前に踏み出し、ソフィアと男たちの間に割って入った。
・ ・ ・
「――それで、ぶん殴られた、と」
ソウヤは。目の前に立つ、セイジ、ソフィア、そしてガルを見た。
町中でナンパに絡まれ、お断りしていたら拳が飛んできたと。セイジは顔にアザを作っていたが、話に聞いた分では絡んできた主犯とは互角以上に立ち回ったらしい。
「セイジは負けてないわ!」
ソフィアが声を張り上げた。
「向こうが人数で手を出してきたのよ!」
取り巻きの二人が手を出してきたらしい。そこで町を見回っていたガルが介入して、そいつらを返り討ちにしたと。
「フェアではなかった」
ガルは淡々と言った。
「次に仕掛けてきたら、殺す」
「……穏やかに」
――この暗殺者さん、涼しい顔をして、実は腸が煮えくりかえっていたり?
だとしたら、セイジが多人数相手に苦戦していたことだろうか。人数で攻める相手に怒りを抱いたのかもしれない。だとすれば、何と仲間思いであることか。
――ああ、そうか。こいつはそういう奴だよな。
暗殺組織にありながら、仲間のことを気にかけていた。決して、血の通っていない殺人機械ではないのだ。
「次なんて、言わずにぶっ倒せばよかったのに」
近くで聞いていたミストが物騒なことを口にした。同じくそばで見守っていたジンは「おいおい」とやんわりたしなめた。
「でも確かに、もう少しやりようはあった。特にソフィア」
「え、わたし!?」
ジンの矛先が意外な方向へ向いた。
「君も魔術師の端くれなら、ああいう手合いをあしらえるようにしておかなければいけない」
「でも、ジン師匠。町中で魔法を使うのは――」
「いけない、なんてルールはあったか?」
ジンの言葉に、ミストも勢いづく。
「そうそう、大魔法で焼き払って――」
「いや、それはさすがにアウト」
ジンは首を横に振った。
「必要なら魔法を使え。相手が暴力に訴えるなら、こちらは魔法を使っても文句を言われるのは筋違いというものだ」
「でも魔法だと過剰だと言われませんか?」
セイジがソフィアを庇うように言った。ジンはため息をついた。
「何も攻撃魔法を使えと言っているのではない。相手を黙らせる魔法でもいいし、麻痺や眠らせる魔法で無力化して、争いを避ける方法もあった」
「あ……」
ソフィアが目を丸くした。聞いていたソウヤも同様だ。
――さすが年長者。うまいもんだ。
こういうところは見習わないといけない、とソウヤは思った。
銀の翼商会の若者たちは、少し賢くなった。
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