第146話、もうすっかり魔術師
ルガードークというドワーフの集落を目指すことにした。
カロス大臣から通行税免除の証明状を頂いたので、新しい場所の開拓も兼ねている。
北北西へと伸びる街道を進みつつ、ソウヤはコメット号に乗り、荷車を牽引する。ソウヤ以外の男子組は、アイテムボックス内で牽引車の製作中だ。なので荷車は見せかけの荷物を積んでいるのみで、人の姿はない。
一方、女子組は浮遊バイクに跨がり、コメット号の近くを浮遊していた。
アイテムボックス内で乗りまくって運転技術の基礎を身につけた彼女たちである。今度は外で、浮遊バイク運転の実習だ。
……と言っても、興味があれば街道を離れて見てくるくらい自由にやっているのだが。
「おーい、あんま離れんなよ!」
「わかってるわよぉー!」
ミストが先頭切って、街道脇の草原をバイクでかっ飛ばせば、ソフィアもそれに続く。なお二人ともゴーグルを着用している。
「ミスト師匠ー、風、めっちゃ気持ちいいですねっ」
「当たり前よ。そういう速度で走ってるからね!」
ドラゴンの姿になれば空も飛べるミストである。高くなれば、人間なら防寒着が必要になってくるほど、空とは過酷なのだ。
速度もまた然り。速ければ速いほど、正面から浴びる風圧もまた強くなる。時に口を開けてられないほどであり、顔面崩壊待ったなしだ。
「ソフィアー、まだへばってないわよね!?」
「大丈夫ー! まだ全然よゆー!」
魔力量は凄まじい彼女たちである。動力を積んでいない浮遊バイクに常時魔力を供給し続けている。魔力が少ないとすぐに動けなくなるのだが、彼女たちは元気だった。
のんびりと、それでも馬車などより全然速い浮遊バイク。ソウヤはコメット号を走らせ、街道を進んで行った。
途中、何やら集団が向かってきた。どうやら盗賊らしい。武器を抜いて突っ込んできたので、ミストに促されたソフィアが魔法で吹き飛ばした。
「アイスレイン!」
巨大な氷柱が雨霰と降り注ぎ、盗賊連中は、ひとりも近づけず返り討ちにあった。ソフィアが魔法カードを使わずにやったのだが、その威力は、加減を知らないミストのそれと同等だ。
「うわぁ……すげぇな」
ソウヤは素直に驚いた。これがつい最近まで魔法を制限されていた人間の力なのか。氷柱が壁みたいになっていた。
「まあ、師匠がいいからね!」
ソフィアは得意げだった。からかうようにミストが口元に笑みを浮かべた
「あら、それはワタシのことよね?」
「二人とも、よ。ジン師匠が魔法はイメージって言っていたし、ミスト師匠の魔法をふだん見ているからやりやすかったわ」
二人の師匠の教えは、互いに衝突することなくうまく教え子に吸収されたようだ。
ソウヤは、ソフィアがすでに戦場に出てもおかしくない――第一級の魔術師レベルに達していると思った。
集団を撃退できる魔法が使えるなら、従軍魔術師としてお声が掛かるだろう。これまで魔法を満足に使えなかった少女とはとても思えない上達ぶりだった。
元々、高名な魔術師の家に生まれたソフィアだ。秘めたポテンシャルは高かったということか。
――これは、ソフィアが家に凱旋する日も、そう遠くないな。
その時は犯人探しになるだろうが、ここまで付き合った手前、ソウヤは最後まで手伝おうと決めていた。
さて、盗賊連中だが、彼らは最初の魔法で敵わないと判断したか逃走した。浮遊バイクで追いかければ掃討も可能だが、敵にも出血を与えたので、懲りただろうと追わなかった。
しかし、よくよく魔法による効果範囲――氷柱が消えて、穴だらけになった草原を見て、少々後悔することになる。
どうやら、ソフィアの第一撃は威嚇だったようだ。盗賊に数名程度手傷を負わせたらしく血の跡はあったが、死体はひとつもなかった。
つまり、見た目が派手な魔法を炸裂させて、敵の戦意を喪失させたのだ。
――これ、人を殺すことを避けたのかな……?
盗賊など、問答無用で吹き飛ばしても誰も文句は言わなかっただろう。武器を振り上げて迫っている以上、ソウヤもミストも、おそらく同じ立場なら一撃で、かなりの敵を倒していただろう。
集団さえ蹴散らせるほどの魔法を使えると、人は言動が大きくなるものだ。とかく他を圧倒する力に、傲慢になりがちだ。
人がゴミのようだ、とまでは言わないが、魔法無双をする人間は、どこか敵を玩具程度に見下す傾向がある。
ソフィアは、攻めてきた盗賊の半分を撃破することができただろう。
――いや、考えすぎかな?
単に最適なタイミングに発動できずに、結果的に威嚇に見えただけかもしれない。射程を見誤って、目標より手前だったとか、予想より早く魔法が発動して、敵が来る前に発動してしまった、ということも考えられる。
本気で威嚇するつもりだったのか、間違えた結果なのか。前者だった場合、気になるのは人を殺すのが嫌だから、敢えて外したというパターン。
あくまで警告で無視したら次は容赦なく当てられるというなら問題はないが、仮に攻撃魔法で人を倒したくない、というのであれば、魔術師としての生き方を少し考えないといけない。
いざという時、敵を撃てないようでは、戦場に立つべきではない。自身はおろか、仲間の命さえ危険にさらす。
「ソウヤ、あなた考えすぎじゃない?」
ミストがポンとソウヤの肩を叩いた。
「どうせ盗賊を取り逃がして、どうこう思ってるんでしょ? 世界はあなたひとりでどうにかなるほど小さくはないわ」
「……オレはソフィアのことを考えていたんだが」
確かに逃げた盗賊たちのことも少しは考えたが。
「あなたは、あの娘の親なの?」
ミストが笑った。
「過保護なのは、ありがた迷惑ってやつじゃないー?」
「……」
そうだろうか? 思ったことは早々指摘すべきではないか。
しかし、ソウヤよりも、ソフィアと彼女の魔法を長く見ているミストである。一応師匠でもある彼女が深刻ぶるなと言うからには、ソウヤの考えは余計な一言になるかもしれない。
――それとなく、爺さんに聞いておくか。
アイテムボックス内で作業しているジンも、ソフィアの魔法を見ているのだから。そこで問題があるなら、師の口から言ったほうがいいだろう。
――世界はオレひとりでどうにかなるほど小さくはない、か。
なるほど、とソウヤは思った。何でもかんでの自分でどうこうしようと考えるのは、それこど傲慢だろう。
気を取り直して街道へと戻る。次の集落へ。銀の翼商会は行く。
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