第145話、壊れた部品と修繕手段


 飛空艇の中を進む。真っ暗な船内だが、ジンが照明の魔法で照らしてくれたので、視界はそれほど悪くない。


 しかし、長年放置されていただろう船内は、あまり快適とは言い難かった。


「うわぁ、クモの巣だ……」


 セイジが顔をしかめた。


「そういえばソウヤさん。ここアイテムボックスの中ですけど、この船と一緒にきただろうクモとか虫とかってどうやって生きているんです?」

「生きているといえば生きているが……」


 ソウヤは剥がれた床の板に躓かないように避ける。


「アイテムボックスに飛空艇を収容した時に、リスト化されて分けられるんだよ。ちなみにこの船にいた生き物は、いま時間経過無視空間のほうに保存されている」

「つまり、その生き物たちは、この船の中にはいないということだね」


 ジンが確認するように言えば、セイジがホッとする。


「そうなんですか……。つくづく、ソウヤさんのアイテムボックスって凄いですね」

「まあな」


 自分でもわからないところがあるのが玉に瑕だが。


 上級船員用の部屋、貨物室、食堂と食料庫と見て回る。ネズミもいなければ、白骨死体もなかった。


 木製の帆船のよう、と言ったが、適度に金属が使われていて、パイプやバルブ、窓枠のほか、一部の装甲も金属板となっていた。


「……機械だな、これは」


 自衛用か、武装が備え付けてあるが、これは完全に機械式の砲座や銃座となっている。


 船体中央から後部へ。すると、巨大な魔石のようなものが設置された部屋についた。大きさは直径五十センチほどの球形。しかし、中央からパックリと割れている。


「飛行石だ」


 十年前に乗った飛空艇にも同じ飛行石が積まれていた。ソウヤの呟きに、セイジが聞いた。


「何ですか、飛行石って?」

「飛空艇みたいなでっかいものが空を飛ぶのに必要な石だよ。魔力を流すと、空に浮かぶという特性があるんだ」


 現在使用されている飛空艇は、ほぼすべてこの飛行石が搭載されている。


 ジンが顎髭に手を当てる。


「ふむ、墜落の原因は、この飛行石が破損したせいかな」

「飛ばすとなると、これの代わりを手に入れないといけないな」


 はて、これはどこで調達すればいいのか。

 そもそも王国でも飛空艇自体、十数隻程度しかないと言われていた。その原因は、この飛行石の入手難度に影響されていると、かつては聞いたことがあるが、何せ十年前の情報だ。今はどうなっているのだろうか。


 続いてエンジンルーム。機関関係設備が埃を被っているが――


「私も専門家ではないから、これについてはいじれないな」


 老魔術師は顎髭を撫でた。ソウヤも、エンジンは触りようがなかった。

 かつて、勇者ご一行が乗った飛空艇には、専門の機関士たちがいた。だから、彼らに任せていたわけだが。


「専門家に見てもらうしかないな」

「心当たりはあるかね?」

「王国には飛空艇乗りがいるからな。古い友人を通せば、ひとりや二人くらいは」


 とはいえ、勇者時代の話だから、あれから十年の月日が流れている。まだ王国の機関整備士をやっているのだろうか……?



  ・  ・  ・



 ひと通りの作業ののち、飛空艇はまたしばらく放置。新しい荷車――牽引式移動店舗の製造を優先させることになった。


 ジンがセイジとガルの手伝いのもと、牽引車の開発を行う。一方で、ミストとソフィアは、アイテムボックス内で浮遊バイクを乗り回していた。


 ――そんなにバイクが気に入ったのか。


 キャイキャイと騒ぐ女子組である。


 さて、ソウヤは、知り合いの機関士の話を聞くために、王都ロッシュヴァーグ工房へと足を向けた。


 心当たりの機関士は、ドワーフなのだ。


「ヴァーアなら、三年前に死んだぞ」


 ロッシュヴァーグは淡々と告げた。


「独立して自分の飛空艇を作ると意気込んでおったんだがの、新型エンジンのテスト中の事故じゃったそうな」

「エンジン……」


 ロッシュヴァーグは視線を転じた。


「しかし、お主が飛空艇を拾ったとは……。修理して王国にでも売るのか? 高く売れるだろうよ」

「個人的に乗り回そうと思っていたんだけどね」


 ソウヤは天井を見上げた。


「銀の翼商会は、空を飛ぶ」

「行商から貿易商に鞍替えか?」


 ニカリとロッシュヴァーグは笑った。


「奴の工房に行けば部品のひとつくらい――いや、もう三年も前じゃからのう。飛空艇の部品など残っとらんかもしれんのぅ」

「あれはどこかで調達できるのかな。一応、王国は所有しているし、確か民間にも小型のやつなら販売されていたはずだ」

「上級貴族くらいしか手が出ないほどの代物じゃがな」


 ロッシュヴァーグは首を捻った。


「多少手伝ったことはあるが、機械のことはわしもトンとわからん。部品調達は、ヴァーアの家族とか、工房を引き継いだ奴がいればそいつに聞くんじゃな」


 それか王国の人材を探すか。


 ソウヤは腕を組んだ。情報通のカマルか、カロス大臣あたりに聞いてみるのも手かもしれない。


「ありがとう、探してみるよ」


 ソウヤが礼を言うと、ロッシュヴァーグは席から立ち上がった。


「それはそうと、お主の仲間の装備、できとるぞ」

「お、もうできたのか! 早いな!」


 以前、頼まれたミスリルを届けた後、仲間たち用にと頼んだものが完成したという。


「ドワーフの鍛冶を舐めるなよ」


 ロッシュヴァーグは破顔した。


「さて、お仲間を呼んでこい。調整してやる」


 フィッティングのために、セイジとガル、ソフィアを呼ぶ。


 青白い輝きを持つのは、さすがミスリル製の装備である。攻撃的な魔力を弾くとされるその効果は、魔法を扱う敵に対しては役に立つ。また軽量で頑丈なのもいい。


 ガルはミスリルソードを握り、その感触を確かめる。セイジとソフィアは防具があるので、それぞれサイズが合っているか調整してもらった。武器は、セイジにダガー、ソフィアには打撃にも使える杖である。


 さて、装備が揃ったところで、ドワーフの機関士、亡きヴァーアの工房を探そう。ルガードークというドワーフ集落に、その工房があるとロッシュヴァーグが教えてくれた。道中、行商をしつつ、飛空艇の部品調達の手掛かりを探すことにした。

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