第144話、遺跡と飛空艇
「クレイマンの遺跡ね……」
ソウヤから聞いたジンは、顎髭に手を当てた。
「私はよそ者だから地元の伝承や伝説には疎いのだが、有名な話なのかな、セイジ君」
「おとぎ話程度ですが」
バイク作りの助手をしていたセイジが顔を上げた。
「たぶん、この国の人間なら、一度は聞いたことがあると思います。まあ、本当にそんな天空人の遺跡があるかはわからないですけど」
「桃太郎の桃だな」
「何です?」
ソウヤの発言に怪訝な顔になるセイジ。ジンが口を開いた。
「どんぶらこ、どんぶらこ……。確かにおとぎ話の物が現実にあるとは限らない」
さすが日本人、理解が早い。
「そのクレイマンの遺跡とやらに、私は心当たりがない。すまないな、ソウヤ」
「いや、さすがのあんたでも何でも知っているわけじゃないだろ」
当たり前と言えば当たり前なのだが、魔法の知識だったり、浮遊バイクを颯爽と組み上げてしまったりと、何でもできる年長者に頼り過ぎているのかもしれない。
「だが、天空人とやらの遺跡だ。調べてみる価値はあると思う」
ソウヤは言った。
「現代より優れた技術を持っていたって話だ。飛空艇なんかもそうだな。そんな連中なら、瀕死の傷からも立ち所に復活する薬とか、一度石になってしまった人間をもとに戻す薬なり魔法なりがあるかもしれねえ」
「アイテムボックス内の人を復活させる方法探し、ですか」
セイジが腕を組む。ソウヤは頷いた。
「それに、商人としては貴重な品をゲットするチャンスでもある」
「なるほど。銀の翼商会としては悪くない選択というわけだな」
ジンはそこで片方の眉を吊り上げた。
「それで、何か手掛かりはあるのか?」
「いや、今のところはさっぱり」
「だろうな。あれば、早々にクレイマンの遺跡も他の誰かが見つけているだろう」
「まあ、その辺は追々情報を集めるさ。それで、飛空艇で思い出したんだが――」
ソウヤは老魔術師を見た。
「霧の谷で拾ったやつを思い出してな。いつか使えないかと思っていたんだが……修理できないかと思って。ただ、正直どこから手をつけていいかわからない。見てもらってもいいかい、爺さん?」
「飛空艇ね」
ジンは考えるように腕を組んだ。
「どれほどのモノかは見てみないことには何とも言えないが、見るだけ見てみよう」
この見てから判断しよう、という考え方は、ソウヤは好ましく思う。浮遊バイクなどを作れる技術を持っている人物だけに、多少機械にも詳しそうだから相談したわけだが、頭ごなしにできないとか言われないのは、聞くほうとしても助かる。
そう考えると、この老魔術師は、熟練魔術師の典型である自分が絶対、自分が一番モノを知っているから意見するな、というものとは無縁のようだった。
聞く耳を持ってくれる年輩者は、それだけで敬意をもたれるものなのだ。
「それで、ソウヤ。まずは荷車のほうを組み上げるべきかな? それとも飛空艇のほうを先に見たほうがいいかね?」
「見るだけなら、今見てもらってもいいだろう。作るのは荷車を優先したいが」
「承知した」
というわけで、ソウヤはアイテムボックス内に、保存している飛空艇を具現化した。その広い駐機スペースへと、ジンとセイジを招待した。
「君のアイテムボックスは、こんな大きなものまで入るんだね」
どこか皮肉っぽくジンは言った。
一見すると帆船のようなシルエットが目を引く。船体中央にはマストが立っていて、見張り台と帆を張るための設備がある。船体左右には主翼が一枚ずつあって、さらに船体底にも舵となる翼がついていた。……底の舵のせいで、飛空艇を支えている台がかなり高くなっているのはご愛敬。
「僕、飛空艇って初めてみました……」
セイジは船に目を釘付けにされていた。ジンが首をかしげる。
「この船台は?」
「箱型アイテムボックスを作るスキルを応用して作った」
箱型でいいなら、壁だって作れるソウヤである。ジンは言った。
「だが、もう少し安定した船台が欲しいな。作業をしている間に、船体が傾いても困る」
「そうだな」
それについては言い訳のしようがない。
「ソウヤ、谷で拾ったと言ったが、どういう状況だったのかな?」
「どういうって、そのままだぜ? 墜落したんだろうけど、何で落ちたのかはさっぱりわからん。あー、そうそう、船の底に穴が開いてた」
思い出しながらソウヤは首をひねる。
「たぶん、墜落した時に地面とぶつかったせいだと思うが」
「……船のまわりを一周してみるか」
ジンに提案に従い、三人は飛空艇を見ながら一周する。よくよく見れば、側面にもいくつか破壊の跡がある。
「戦闘をしたのか……。ただ、つい最近ではなく、かなり昔のようだが」
「昔、ですか」
口をあんぐりと開けたまま、セイジは大きな飛空艇を見上げている。
「そう。昔だ。この船体にはわずかながら魔力のコーティングが残っている。腐食止めなのだろうが、所々切れている」
ぐるっと回ってみて、ジンは頷いた。
「全長はざっと三十メートルくらいか。主翼は二枚で可動式。砲は大小10門程度。レシプロエンジンかな……エンジンにプロペラまでついている」
「使えそうか?」
「完全に再現しろ、と言われたら難しいね。私が設計した船ではないし」
中を見てみよう、とジンは促した。
「だが、別のものに置き換えていいなら、使えるようにはできるんじゃないかな」
ソウヤたちは、飛空艇にかけた梯子を使って乗り込んだ。
遠くから見れば、形は整っていた飛空艇だが、近くで見ると傷みや破損が目立った。木目のデッキは、海上の帆船そのものといった甲板となっている。
「大航海時代の船を思わすね」
「乗ったことがあるのかい、爺さん」
「まさか。まあ写真などで見たことはあるよ」
日本にいた頃の話だろう。ソウヤとジンにはそれでわかるが、セイジだけは意味がわからずさっぱりだった。
「板も腐ってるものがあるな……。船大工に頼んだら、修復には相当な金が必要になるだろうね」
「オレたちで直したら?」
「そもそも、直す技術はあるのかね?」
ジンは問うた。そう言われたら、ソウヤも肩をすくめるしかなかった。
甲板から中へ入る。長らく無人だったのだろう。埃っぽさが漂い、また船内は真っ暗だった。
「さて、中はどんな様子かな」
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