第142話、これはもう焼き肉パーティーと言っていいのでは


 肉を焼きます。


 ということで、ソウヤはカロス大臣に頼み、屋外での食事会となった。


 公爵家の屋敷だけあって、お茶会や談話用の庭があるので、そちらで野外調理セットを出して用意する。


 屋敷の調理場が中世仕様のため、ソウヤには合わないのも理由のひとつだったりする。かまどはあるが、豚などを串刺しにしてグルグルと丸焼きにするのは、さすがに……。


 それはともかく、直に調理する、という光景をペルラ姫は見たことがないらしく、お茶会テーブルから興味津々の視線を向けてくる。


「わたくし、料理が作られるところを初めてみます」

「普段、調理場に赴くことなどありませんからな」


 カロス大臣もまた、ソウヤが使う調理器具――野外用バーベキューコンロなどを、不思議そうに見ていた。


「ふーむ、野外で使えるかまどとは、また……」


 屋敷の使用人や姫様の護衛が遠巻きに見守る中、ソウヤは、彼らの前に豪快に切り分けられた肉を焼く。


 今回、焼くのは角猪の肉。銀の翼商会の扱うメインの肉は魔物肉。ただし王族に供する食材が魔物のものだと護衛の方々からストップをかけられそうなので、獣寄りの角猪でお茶を濁した。


 もっとも、お姫様に出さないだけで、ソウヤ自身は魔物肉も焼いて食べるつもりでいる。大臣あたりが興味を持って味見くらいはするかもしれない。切り分けてしまえば、肉は肉である。


 なお、今回取り扱う肉は、いまはなきフルカ村で解体してもらったものになる。魔族にやられなければ――ソウヤは思ったが、それを押し殺して角猪肉を焼いた。適度に薄く切られたその肉。脂が弾け、肉の焼ける激しい音が、夜の大臣宅の庭に響く。


「結構、音がしますね」

「そうですな」

「夜に、お外で食事とは、わたくし初めてかもしれません」

「確かに。お茶会は昼間ですし、夜は建物の中ですからな」


 カロスは姫に同意した。赤い肉が白くなり、焦げ目もついてくる。それをヒョイヒョイと皿にとって、テーブルへと移動する。


「私は本職のシェフではないので、手の込んだ料理はできませんが、今回は醤油タレの効果を純粋に味わっていただければ幸いです」

「ええ、ショーユ。果たしてどのようなものか好奇心が抑えきれませんわ」


 すでに一口大のサイズになっている肉に、タレの入った皿を用意する。ナイフは必要ないが、フォークで刺せるように肉は少し厚めしてある。

 実際に料理する場面を見たことがない姫は、言葉どおり興奮気味のようだった。


「姫様」


 ペルラ姫の護衛の騎士が前に出た。


「まずは毒見を」


 王族の食べるものである。毒が入っていないように配下の者が試食するのは、ソウヤも想定している。


 ――むしろ、早く食べて安全性を確かめてくれ。


 せっかく焼いた肉が冷めて硬くなるのは、もったいない。それもあって野外の、調理してすぐ料理を持って行ける場所をセッティングしたのだが。

 若い騎士が、フォークに肉を刺し、タレをつけて……その肉が落ちてしまう。


「ナイフを」


 ソウヤは、ナイフ――プトーコス商会製を出して、フォークと共に肉を取りやすくする。


「というか、オレが先に食べようか?」

「いや、貴殿を疑うわけではないが、先に毒消しを飲んでいたりしていた場合、毒見にならないゆえ、私が食する……!」


 そうですか――ソウヤは黙って騎士が、肉を口に運ぶのを見守る。ペルラ姫とカロスもじっと穴が開くほど凝視している。


「……ウン!」

「どうですか?」


 騎士が咀嚼を終えると、驚愕に目を見開いている。


「うまいッ! あ、失礼しました、姫様。毒はないようです」


 毒見役の騎士は、一瞬、自分の役割を忘れてしまったようだった。つい素を出してしまい、慌てて頭を下げた。


 姫と大臣は、先ほどから気になっていた焼き肉に、いよいよ取りかかる。


「では頂きましょう」

「そうしましょう」


 ナイフとフォークを使い、焼けた角猪の肉を取ると、醤油ベースの焼き肉タレをつけてから、一口。


「……まあ!」

「これは……!」


 ペルラ姫はビックリして思わず口元を押さえ、カロス大臣もまた眉が持ち上がった。


「甘くて、まったく新しい味ですわ!」

「これまで食べた肉は、ただ焼いただけだった。これは何とも味わい深い……」


 大変好評だった。ペルラ姫の顔がほころび、カロスもまた、焼き肉を次々に腹に収めていく。


 第一陣がなくなる前に、ソウヤは第二陣の焼き肉製造を開始。護衛や従者さんを呼んで、第二陣以降の焼き肉をランダムに毒見してもらいつつ、姫と大臣に焼き肉を供給する。


 毒見役がドンドン入れ替わり、何だか普通に多人数の焼き肉パーティーをしている気分になる。次々に肉を焼き、角猪以外の魔物肉も普通に焼いていく。


 毒見役は基本ひとり一回のようだったが、姫様が絶賛する味を体験したいのか、志願者は殺到。

 大臣宅の料理長や、見習いたちまで、普通に焼き肉を食べ出し、ペルラ姫から「わたくしたちの取り分を横取りしないでくださいまし!」とお叱りが出る始末。


 なお、その料理長から、バーベキューコンロや調理道具の質問をされた。彼とその部下たちが実際に焼き肉を焼いて、ソウヤにも食べる余裕を与えてくれた。

 醤油ベースのタレの他、醤油を使った料理についても質問され、試しに焼きおにぎりや、醤油をかけた丼ものを出してみれば、ペルラ姫やカロス大臣の注意を引き、それらも晩餐に饗されることになる。


 結果、この食事会は大成功のうちに終了した。


 ちなみにシェフにスカウトされたが、丁重にお断りした。


「大変、満足でした」


 ペルラ姫の表情をみれば、嘘偽りがないのは一目瞭然だった。


「毎日でも食べたいですね。こう、熱い料理というのも、久しく食べたことがありませんから」

「毒見役が確認して、料理が実際に運ばれるまでに冷めてしまうことが多いですからな」


 カロスが補足する。王族といえど、案外、冷めた料理ばかり食べているのが現実である。


 ――腐った食材も少なくないだろうからなぁ。


 ソウヤは思う。時間経過なしのアイテムボックスがあるから大丈夫なのだが、それがない一般社会では、食材の保存のために並々ならぬ苦労を強いられる。


 対策はしても、それが完全ではあることはなく、あくまで延命処置のようなものだから、味は変わるし、保存が長引けば腐ってしまうものも出てくる。


 生で食べない文化というのも、保存技術を思えば、むしろ当然と言える。たっぷり塩付けとかコショウとかが保存に用いられてはいても、完全ではない。


 極力新鮮なものを、と王族や貴族向けの食材は注意していても、腐ったものは出てきてしまうのだ。


 ともあれ、今回の晩餐の影響は、タルボット醤油蔵をさらに加速度的に忙しくさせることになるのだが、それはまた別の話である。

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