第140話、王族襲来


 ソウヤとカロス大臣が談笑している頃、ひとつの来訪があった。


「失礼します、閣下。ペルラ姫殿下が、お屋敷に参られております」

「姫殿下が?」


 大臣はソファーから立ち上がった。


「これはお出迎えせねばなりませんな」

「客が来たのであれば、私は、そろそろお暇を――」

「あぁ、ソウヤ殿は、こちらでお待ちを。すぐに戻ります故」


 そう告げて、カロスは執務室を後にした。残ったカマルを、ソウヤは睨む。


「ペルラ姫が来たって?」

「そのようだな」

「何しに?」

「さあ、お前に会いにきたのではないか」


 しれっとカマルは言った。


「オレに会いに?」


 ソウヤは首を横に振った。どうしてこうなったのか? 王族が現れるなど聞いていない。そもそもカロスは、すぐ戻ると言ったが、お姫様が来訪して早々に戻ってこれると思っているのか?


「お前、ペルラ様に会うのは十年ぶりだろう? 見違えるほどお美しくなられたぞ」

「見間違えるほどって……お前、それ失礼じゃね?」


 十年ぶりである。ソウヤも、ペルラ姫にはかつて会ったことがあるが、あの時、七、八歳と愛らしいお姫様だった。


「そりゃ、子供から大人になってりゃ、見違えもするだろうけどさ」


 ソウヤは頭を掻く。


「これ、オレも絶対会うやつだよな……?」

「会いたくないのか?」

「個人的には挨拶くらいはしたいけどな。王族とは、距離をとっておきたいんだよ」


 かつての友人しかいないのをいいことに、本音を口にするソウヤ。


「とはいえ、今ここで逃げたりしたら、余計に波風が立つと思うのだが?」

「……だよな、やっぱ」


 ソウヤは苦い顔になる。


「なあ、この来訪、初めから仕組まれてたんじゃないか?」

「さすがだな、ソウヤ」


 カマルは、口元に薄らと笑みを浮かべた。


「お前に会いたがっている者は、少なくないということだ」


 そうでなければ、わざわざ大臣の屋敷に王族がやってくるものか。



  ・  ・  ・



 エンネア王国の第三王女であるペルラ姫が、カロス大臣邸宅へとやってきた。大臣の歓迎を受けた姫君は、ソウヤがいる部屋に現れた。


「ソウヤ様!」

「姫殿下」


 ソウヤは立ち上がり、礼で応えた。


 お姫様は十代半ばの美少女だった。柔らかな緑のドレスをまとい、長い金色の髪とエメラルドグリーンの瞳がキラキラと輝いている。歩く姿は、涼風を呼び込む風の妖精か、はたまた春の女神を連想させた。


 確かに十年前とは見違えたソウヤだった。


「とてもお久しゅうございます、ソウヤ様」


 ペルラ姫はドレスの裾をつまみ、淑女の礼の姿勢をとった。


「またお会いすることができて、ペルラはとてもうれしく思います」

「オレ……ごほん、私もです、殿下。その……大変に健やかに成長されたようで……とても、お美しいです」

「まあ、ありがとうございます!」


 ペルラ姫は花のような明るい笑顔を返した。


 十年という月日は、時に残酷である。ソウヤの中で、小さなお嬢様だったペルラ姫は、異性の目を惹きつけてやまない美少女へと成長した。

 息が詰まりそうなほどの緊張感。


 ――この気持ち、まさか恋?


 などと普段遠ざかっている感想を抱いてみるが、考えてみればソウヤの体は三十にさしかかっていて、年の差を意識したら萎むものを感じた。


 ソウヤはペルラ姫との談笑タイムに突入した。これまでのこと、ソウヤの知らない十年間、魔王討伐と、最近の出来事などなど。


 姫は、ソウヤを憧れの英雄を見る目を向けてきて、とても楽しそうにお喋りをしていた。姉に隠れて様子見をしていた彼女を知るソウヤとしては、その成長を嬉しく思うと共に、よい意味で戸惑いをおぼえた。


 ベヒーモスやヒュドラ、ミスリルタートル退治の一部始終を説明し、その証拠の品となる魔物の部位をアイテムボックスから出して、披露したり。


 その度にペルラ姫は、彼女にとって未知な魔物の一部に驚きの声を上げた。同席しているカロス大臣もそうで、二人して興味深く話を聞いてくれて、ソウヤとしても鼻が高い。


 王族のお姫様にとって、王都の外での冒険譚は新鮮らしく、いちいちいい反応をするので、お互いに時を忘れて話し込んでしまった。


「そうだ、ソウヤ様。もしよろしければ、わたくしからの依頼……というか探してほしいものがあるのですが……よろしいでしょうか?」


 少々恥ずかしげに、上目遣いを寄越してくるお姫様の何と可愛らしいことか。嫌な予感を感じる前に、ソウヤは頷いていた。


「何でしょうか。手に入るものなら、お探ししてお届けしますよ」


 行商ですから――仕事の一環なら、聞かないという選択肢などあるはずがない。


「ソウヤ様は『クレイマンの遺跡』をご存じでしょうか」


 クレイマン――はて。ソウヤは首を傾げる。


「昔、どこかで聞いたような気がしますが……。すみません、ちょっと心当たりがありません」

「王国に古くから伝わる伝説です」


 ペルラ姫は照れの混じった顔のまま言った。どこか恋愛を語る表情だが、内容はそれとはまったく関係なさそうである。


「かつて空を飛んでいた天空人の遺跡なんですよ」

「ああ、天空人」


 それなら、多少知っているソウヤだった。


 この世界には浮遊する島があって、かつては天空に人が住んでいたという。

 十年前の魔王討伐の冒険の時、浮遊島を探検することがあって、そこで飛空艇を手に入れた。……その飛空艇は残念ながら魔王城突入の際に大破したが。


「クレイマンの遺跡とは、本来は空にあったのですが地上に落下した、という伝説です。ただ、その遺跡の場所は、はっきりとわかっていません」


 姫が頷くと、カロス大臣が口を開いた。


「この近隣諸国では、何カ所か空から巨大な何かが降ってきたらしいと言われる場所や伝承はあります。ただ、今のところ、クレイマンの遺跡だという確固たる証拠は見つかってはおりません」

「なるほど」


 ソウヤが首肯すれば、ペルラ姫が両手を組んだ。


「もし、できるなら手掛かりなり、遺跡を見つけていただけたら、と思いまして」

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