第139話、大臣と会談


 カロス大臣の執務室。その大臣からの挨拶を受け、ソウヤも頷いた。


「ご無沙汰しております、閣下。十年ぶりになりますか」

「はい。ソウヤ殿が魔王を討伐された直後、意識を失って、それだけの月日が経過してしまいました」


 カロスは神妙な面持ちである。


 彼は、ソウヤが昏睡中、世間では勇者は死んだとして発表されたことを謝罪した。周囲の、使命を終えた勇者のその後を巡る対立、それを収めるために、このような手しか打てなかったことを、大臣は悔いていたのだ。


 勇者の台頭を警戒する者たちから守るためとはいえ、不便をかけて申し訳ないとカロスは頭を下げた。


「いえ、行商になったのは俺の――私の意思ですから」


 たとえ魔王を倒した直後に、昏睡状態になることなく凱旋したとしても、王国の重鎮になったり権力の座が欲しいとか、これっぽっちもなかった。


 当時はもちろん、今もそうだ。その点は強調しておく。


「王国に恨みはありません。今は、結構のんびりやらせてもらっています」

「それを聞いて安心しました。ですが、ソウヤ殿。あなたはエンネア王国をはじめ、世界から魔王の脅威を取り除いたお方だ。そのお礼はしていきたいという気持ちに嘘はありません」


 カロスは温情のこもった声で言った。


「何かあれば、私を頼っていただきたい。あなたには返しきれない恩があるのですから」

「お心遣い、感謝いたします」


 十年前に面談した時と変わらず、カロス大臣は好意的だった。勇者の扱いについて快く思っていない者が王国にいたと聞き、ソウヤは関わらないようにと距離を取っていたが、警戒し過ぎたかもしれない。


「ソウヤ殿は行商になられたと耳にしておりますが、どのような商品を扱っておるのですか?」


 大臣からある程度予想された質問がきた。


 ソウヤは、魔物肉や素材、ダンジョンからの採集した品を売買していると答えた。


 普通の冒険者であれば、冒険者ギルドに売って処分しているものを、直接欲しい人のもとに届けている。


 そもそも冒険者は、個人で販売ルートを持っていない者がほとんどだ。ダンジョン探索やモンスター退治、戦利品の処分を、いちいち全て一人でやることは難しいし時間がいくらあっても足りない。それ故に、ギルドに戦利品の処分をやってもらって、自己の負担を軽減させているのだ。


 その本来、ギルドに代行してもらっていることを、ソウヤたちは自分でやっている、ということである。


「基本的には町では個人への訪問販売以外はしていないです。町の外やダンジョン内で売買しています」

「敢えて、危険な場所で店を開く、ですか。腕におぼえがなければ、中々できないことですな」

「人がやっていないことをやるというのが、商売というやつです。危険な場所だからこそ、食料や物資が必要な人間もいます」

「確かに。競合相手がいないというのは有利ですな。……何か掘り出し物はありますか?」


 カロス大臣の質問に、ソウヤはふと思った。


 掘り出し物が、何を指すかは人それぞれではあるが、鉱物とか魔石とか、薬草、キノコなど採集はしても、特に遺跡を探索したわけではないので、お宝とか遺物とか、その手のものがないということに。


「ヒュドラやベヒーモス、ミスリルタートルの素材くらいになりますかね。今のところレアものと言えば貴重な魔物素材程度になります」

「エイブルの町のダンジョン・スタンピードの件は伺っております。さすがは勇者、お見事でした。まあ、私もあの事件でソウヤ殿のご活躍を知ったわけですが」

「やはり、そうでしたか」


 有名になれば、王国関係者の耳に入りやすくなる。カマルが話したところでお察しではあった。


 エイブルの町の冒険者ギルドに売ったヒュドラ素材は、おそらくその後に王国のほうで買い取ったのだろう。


「ソウヤ殿、私としましては、あなた方と友好関係を築きたい、そう思っております」


 至極真面目にカロスは言った。


「ささやかではありますが、私の名前で、この国のほぼ全てで通行税が免除される証明書を発行させていただきます。行商であるソウヤ殿、銀の翼商会が、王国内でしたらどこにでも行きやすいように手配いたします」

「おおっ!」


 通行税の免除――色々な場所に行きたい手前、これがあると行動範囲が広げられる。浮遊バイクを使った移動範囲の広さはあるが、これまでは極力そうした関所が多い場所は避けていた。


 貴族の領地が多く、町に入ったり通ったりするだけで税金を取られるところも少なくない。真面目にやっていると、その行動範囲の広さが仇となり、ガンガン通行税を取られてしまう。


 カロス大臣の免税証明は、通行税だけだったとしても、銀の翼商会にとってはとてもありがたい代物だった。王国の発行する証明書は、それだけの価値があるのだ。


 しかし、行商の上では垂涎の品だが、ソウヤは裏を読んでしまう。大臣ともあろう人物が、これまでの功績だけで免税証明を出すとは思えなかったのだ。


「何か、我々にやらせたいことがありますか?」


 不躾ではあるが、問われたカロスは表情ひとつ変えなかった。


「子飼いになれ、などと申しませんし、王国は命令するつもりはありません。少なくとも私はそのつもりです。ですが、ソウヤ殿のお力をお借りしたい事態は、今後発生しないとも限りません」


 先のヒュドラ討伐の件もそうだが、それに絡んでいた敵の存在。


「特に魔族の動静は注視していかねばなりません。今後、魔族に関する情報があれば買い取ります。あくまでビジネスとして、です」


 カロスの目に確固たる光が帯びる。


「また、我々の手には負えない魔物の討伐を、ご依頼することはあるかもしれません。聞けば、ソウヤ殿は冒険者でいらっしゃる。お互いに利はあると言えましょう」

「確かに」


 勇者が出張るほどの魔物なら、倒した時の素材は商売上おいしいネタである。王国の範囲内であれば、急行するにあたって通行税が免除されるのはとても助かる。経費が掛かるから行かない、行けないなどというのは嫌すぎる。


「免状をいただけるなら、それくらいは働いてみせましょう。災厄を見過ごすというのは、私も好きではありません」

「感謝いたします」


 カロス大臣は頭を下げた。


「ただ、こちらにも都合があるので、受けられないこともあります。その点は、ご了承いただきたい」

「よく承知しております。……さて、細かなことは、ひとまず置いておいて――」


 大臣は気さくな笑みを浮かべて、話題を変える。


「少し雑談でもしましょう。つもる話もあるのですが、まずは……そうですな。昨今、ショーユなる調味料が現れたとか――」


 まさに、それを扱っている銀の翼商会である。


「これが実に料理によく合うともっぱらの評判です。ひとつ、私も味わってみたいものですが、お心当たりはございませんかな?」

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