第138話、大臣宅、訪問


 カロス大臣と面会する日時が決まった。カマルがどこからともなく現れて、日時を指定してきたが、魔族の件もあるから早めに会いたいと言われた。


 その間、ソウヤたち銀の翼商会は、商品の確認や補充、個々のトレーニングや新製品の開発などに時間を使って過ごした。王都内では商売をしないから、その分の時間があるわけだ。


 そして当日、待ち合わせしていたカマルと合流した俺は、王都にあるカロス大臣の邸宅へと向かった。


「一人でよかったのか?」


 そう聞いたのは、今日はどこぞの騎士を思わせる格好のカマル。お客を迎えるという立場から、いつもの潜入スタイルではない。


「銀の翼商会の面々も招待するとあったが」

「それな」


 ソウヤは苦笑した。


「結構、うちも多忙でね」

「本音は?」

「一人は堅苦しそうだからパス。一人は、それより修行だでパス。一人は自分が大臣宅に行っていい身分ではないのでパス。一人は新しい商品の開発に忙しいとこれまたパス」


 それぞれ、ミスト、ソフィア、セイジ、ジンの辞退理由である。


「一人、護衛にと言っていたんだが、そいつ、体調面に問題があって止めた」


 ガルのことである。具合が悪いとかそういうことはないが、夜になると獣人化する手前、もしお話が長時間に及んだ場合のことを考えて、待機してもらった。


「大臣には言うなよ」

「そんな話をしても大丈夫なのか?」


 カマルに突っ込まれたが、ソウヤは首を横に振る。


「古い友人だから答えただけさ」

「……今後も友人でいたければわかっているな? ということか」


 カマルは薄く笑った。


 大臣の邸宅は、王都にあってかなり広いと聞いている。王都内の高級住宅街を抜けながらソウヤは聞いた。


「大臣って、この国の公爵家の人間だっけか」

「そうだ。くれぐれも失礼にならないようにな」


 注意するカマルに、ソウヤは肩をすくめる。


「そういうのを警戒して、他のメンツを連れてこなかったんだ。失礼があったら、困るだろ?」


 とくに、うちの霧竜さんは、気にくわなければ王様だって喰らうだろう。


「オレ自身、あんま堅苦しいのは苦手なんだけどな」


 本日のソウヤの服装は、軽鎧などを身につけた冒険者ルックではない。


「どうだろう? 一応、商人っぽくコーディネートしてきたんだが」


 一般的な商人が着ているような、ちょっと質のいい服装をまとう。防具ではないので、少々防御に難あり。


 なお、この服装は、王都のプトーコス商会のプトーコス氏と相談した上で用意したものである。


「……ふむ、普段は頭の先から足の先まで、いかにも冒険者なスタイルだからな」


 カマルは、しげしげとソウヤの眺める。


「違和感があるな」

「やっぱ似合ってねえってことか……」


 せっかく、上級貴族に会うのだから失礼がないようにと準備をしたソウヤだった。


「慣れの問題だろう」

「この野郎、暗に似合ってねえってトドメ刺しやがったな」


 そうこうしているうちに、カロス大臣の邸宅が見えてきた。敷地を隔てる柵を尻目に、正面の門に到着。カマルが門兵に二、三話すと門が開いた。


 広い庭が広がっている。整えられた草木が、シンメトリカルな模様を描いている。さすが公爵家のお庭だ。


 屋敷もまた小さめの宮殿といった風情があって、貴族の屋敷らしく構えていた。

 屋敷の扉を潜ると、メイドたちが並んでのお出迎えに遭遇した。


「……わお。こりゃVIP待遇だな」

「かつて、世界を救った勇者を迎えるのだ。これくらいは当然だ。むしろ、この程度で申し訳ないくらいだ」


 カマルは言ったが、ソウヤは表情を硬くする。


「前にも言ったぞ。その勇者は死んだ。ここにいるのはただの商人だ」

「商人か」


 フッとカマルはキザな笑みを浮かべた。――この野郎。


 そこへダンディーなお髭の初老の男性がやってきた。高級な装飾の多いのは式典用の礼服か、身なりが非常に整ったその人物は、誰あろう、カロス大臣その人だ。


 ――髪が白くなったなぁ。


 十年ぶりの月日を感じさせる再会である。


「ようこそ、おいでくださった、ソウヤ殿」

「大臣閣下」


 ソウヤは胸に手を当て、お辞儀をした。


「お初にお目にかかります。銀の翼商会のソウヤと申します。この度は、閣下のご指名を賜り、恐悦至極に存じます」


 大臣は面食らったような顔になる。だが、それもわずかな時だった。


「……あー、そうでありましたな。初めまして、アドラメル・シオルーカス・カロスです」


 初対面である、という風を装うカロス。


「立ち話もなんですので、どうぞ奥へ」


 それっぽく挨拶をしつつ、カロスの導きで屋敷内を進む。


 赤いカーペットが敷かれた床、天井からぶら下がるシャンデリア、清潔感溢れる白い内装と、どこか映画やドラマのセットみたいだとソウヤは感じた。


 執務室に通される。大臣の執務机が奥に見えた。南側の壁面には大きな窓がいくつかあって、外からの光を室内に取り入れる。外のバルコニーに繋がる扉もあった。


 その他の壁面には大きな本棚が並んでおり、分厚い本が隙間なく入れられていた。持ち主が普段から書物に触れているのが想像できた。


 部屋の手前では、ゲスト用の応接セットがあって、ソファーに机があった。ソウヤは大臣に向かい合う格好で、机を挟んでソファーに腰を落ち着けた。


 ――ふかふかだ……。


 カマルは、警備兵として大臣の背後に控えている。


 メイドが机に、お茶とお菓子を手際よく並べると、頭を下げて部屋から退出した。


 大臣の執務室にいるのは、ソウヤとカロス大臣、そしてカマルの三人のみとなった。


 人払いが済んだところで、改めてカロスは目礼した。


「久しぶりですな、勇者ソウヤ殿」

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