第137話、試作バイク一号機

 カロス大臣との面会の日時が決まるまで、王都での用や買い物は済ませておく。


 ソウヤはアイテムボックスハウスへと行き、ジンの浮遊バイク製作の様子を見に行った。


 どういう形になるんだろう。そう思っていたら、すでに第一号が形になっていた。


「……何か、思っていたのと違うな」


 それは一見すると、バイクにはまったく見えなかった。浮遊バイクだから、タイヤがないのは理解できる。


 長方形の胴体に、バイクのハンドルがついただけの、まるで幼子が『これはバイク!』と言い張る玩具の乗り物のようだった。


「まずは基本構造のテストだよ」


 ジンは、半ば呆れ顔のソウヤに穏やかに告げた。


「テスト台に、そこまで凝った外装はいらないだろう?」

「そうだな。……ああ、その通りだ。ちょっと安心した」


 老魔術師が、この不細工なものをバイクと言い張るセンスの持ち主だったらどうしたものかとソウヤは思う。


「いや、一周まわって、こういうデザインも私は好きだがね」


 ジンに皮肉られた。


 見てくれ、と、老魔術師はソウヤを手招きした。


「このバイクもどきの胴体には、魔石を仕込んである。魔石から刻まれた魔法文字に魔力が流れることで、その刻んだ魔法を具現化する。見た目はこれだが、機械的なものはほとんどない。そして今回、胴体下部には『浮遊』の魔法文字を刻んだ」


 ジンが胴体上面にある球体の結晶――加工された魔石に触れた。すると、ゆっくりとバイクもどきが浮かび上がる。


「おおっ!」

「高さは三十センチくらいに調整してある。次に操作方法だが――」


 加速は、ハンドル右手のアクセル。すると胴体後方の魔石から、風魔法を応用した風噴射が起きて、前進。


 対してブレーキは左手。後方への噴射が止まり、胴体前方の噴射口から風魔法が逆噴射の如く発動して勢いを止める。


 旋回もハンドルを使い、左へハンドルを切れば、胴体前部の右の小噴射口から風魔法が放たれ、左へと向く。切り続ければ旋回。


 反対に右へ行きたければハンドルを右に切って、左の小噴射口を噴射する。


「ちなみに、この風魔法は乗り手を載せたままこのバイクもどきを進ませる推進力がある。間違っても、人やモノを近くに置くな。吹っ飛ばされるほど強力だ」

「この見た目で……?」


 玩具みたいな外観で、人をぶっ飛ばすとは――ソウヤは、しげしげと浮遊バイク一号を眺める。


 浮遊させる魔石に、推進用の魔石が――


「ちなみにこの魔石はどこから調達した?」

「私が個人的に持っているものだ」


 自前で用意したものだった。


「これ、いくつ魔石を使った?」

「七つかな。魔法を発動させる触媒と、命令を伝えるための信号を送る小魔石も使っている」


 魔石を部品に使うとなると、その分だけ生産コストが掛かる。世間一般では、割と高値で取引されている品なのだ。


「君の懸念はわかるよ、ソウヤ君」


 ジンはあご髭に手を当てて、いつもの考える仕草をとる。


「使っている魔石の数を減らせば、その分、コストダウンに加えて量産性も上がる。簡単な解決方法をあげるなら二つある」

「二つ?」

「一つ、タイヤを付けて、浮遊バイクではなく、車輪付きのバイクにすることだ。そうすると旋回がハンドルとタイヤでできるようになるから、その分に使っていた魔石を省略できる。魔法に頼らないブレーキシステムを作れるなら、その分も削減できる」

「浮遊バイクではなくなるな」


 だが『浮遊』にこだわらないなら、移動手段としてはありだ。


「二つ目は?」

「乗り手が魔力を供給する。これなら魔石はいらない」

「……だがそれは」

「うむ、魔術師や魔力を制御する適正のある者しか運転できない」


 コストカットと引き換えに、乗り手を選ぶ。バイクと言いながら運転する人間の魔力を吸い続けるなら、実質、ペダルを漕がないだけで自転車である。消費するのが体力か魔力の違いでしかない。


「……とはいえ、自転車と考えるなら、これもまたありか」


 ソウヤは、ひとり頷いた。


「ちなみにこれ、動くの?」

「もちろん、スピードは出ないがね」


 試作一号機なら、そんなものだろう。実際にコメット号という愛車で浮遊バイク歴の長いソウヤが、この浮遊バイク一号に乗ってみる。


 ――何かしっくりこないな。


 おそらく座席らしきポジションと、ハンドルの位置がコメット号と違うからだ。これは慣れの部分も大きいと思った。


 フワフワしている感じは、コメット号とさほど違いはないようだが、車体の重量感の違いのせいか、やはり違和感はある。


 ジンにもう一度、運転方法を教えてもらい、いざ試乗。


「おー」


 全然スピードが出ない。ジンは調整したと言っていたから、やりようによっては、もっと速度も出せるだろう。お子様向けの玩具の自動車に乗っているような感覚だ。


 加速、ブレーキ。加速、右、左と蛇行。のち右旋回を一回、左旋回を一回。


「……」

「どうかね?」


 戻ってきたソウヤに、ジンが問うた。


「コメット号と比べちゃアレだが、この短時間で浮遊バイクができちまうなんてな。大したもんだ!」


 手作りであることを加味しても、きちんと動くモノを作り上げたジンの腕は大したものである。


「基本はこの形で行くんだろう?」

「そうだ。ただ、外で使うなら、他にも色々な機能を持たせる必要になるから、魔石の数は増える」


 たとえば照明とか、とジンは言った。


「場合によっては魔石に頼らない方法も試作、開発する必要があるかもしれない。もっとも、その装置なり仕組みが魔石より安くなるとも限らないがね」


 素直に魔石を使ったほうが、コスト削減に繋がる場合もあるという。


「きちんとしたものにするには、試行錯誤だろうね」


 ジンは鷹揚に言った。


「とりあえず、いくつかプランを出すから、確認してくれソウヤ君」


 浮遊バイク、あるいはバイクの製造計画、その第一歩はこうして踏み出された。

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