第136話、バイクが増えるメリット
人間が増えたことで浮上した荷車の定員問題。それに対する話し合いの中、老魔術師ジンの提案は、ソウヤたちの度肝を抜いた。
「浮遊バイクを作るって……?」
「たとえ話だよ。乗り物で言うなら、馬だろうが空飛ぶホウキだって乗り物だろう?」
ジンの言葉は、いちいちもっともだったが、ソウヤは高速移動可能な乗り物が増えた場合の利点を考える。
いまは、コメットが一台だ。だがこれが二台になったとすると、いま王都へ向かっているが、二手に分かれて、たとえば真逆にある港町のタルボットのところへ移動することもできるわけだ。
エイブルの町の丸焼き亭に週に一回の卸作業をしているが、そういう運んで注文を受けたりするのは、何もソウヤでなくてもできる。
分担すればより効率よく時間を使うことができるようになる! これは事業拡大のチャンスではないか!!
ソウヤが考えているのを余所に、セイジがジンに聞いた。
「もし浮遊バイクを作れるなら、それも売り物になるんじゃないですか?」
「まあ、欲しがる人はいるだろうね」
ジンは認めた。
――売り物、だと……!?
「金持ち貴族らが、珍しもの欲しさに興味を示すし、銀の翼商会のスピーディーな活動を見て、自分もやってみよう、と思う者もいるだろう。行商にとっても、浮遊バイクは移動に便利だし、魔獣から逃げるのに欲しいだろうね」
「……!」
――そういや、行商先輩のカルファもバイクみていいなぁって言っていたっけ……。
手軽に量産できれば、これを売り物にできる。夢は広がる――ソウヤは無意識のうちに拳を固めていた。
「とはいえ、手作りでは、需要に追いつかないだろうね」
ジンは苦笑する。
「バイク製造工場でも作って、そっち専門の会社でも立ち上げるかね?」
「それ、割といいアイデアかも」
ソウヤが言えば、ジンとセイジは息を呑んだ。
「私は冗談のつもりだったんだが」
「いや、爺さん。売り物になるなら、これは確実に売れるものだぜ? 人を雇って、生産していけば、その見返りは莫大なモンになる!」
「となると、量産しやすい形と、部品の調達しやすさが重要になってくるな。試して調整が必要になるだろう」
ジンがあご髭を撫でながら、ソウヤの考えを現実化させるための思考をまとめる。
が、すぐにやめた。
「まずは、作ってからだ。人様に売ろうというのなら、安全性も考慮せねばなるまい。いざやってみたら、案外量産に向かないかもしれない」
現物がないのにその先を考えるは、取らぬ狸の皮算用にもなりかねない。ちょっと興奮し過ぎてしまったかもしれない、とソウヤは反省する。
「とりあえず、作れるか? 浮遊バイク」
「いくつか形は頭の中にある。が、細かな部分は実際に線を引いてみないとな」
ジンは、すでにその設計図を頭の中で引いていた。
「機械的には無理でも、魔法があるからな。そちらは魔術師と魔道具の領分だ」
そう言うと、ジンは作業のためにアイテムボックスハウスへと移動した。あの老練な魔術師がどんな浮遊バイクを作るのか期待しつつ、銀の翼商会は王都への道へ進んだ。
・ ・ ・
その日は曇り空だった。王都に到着する銀の翼商会。
本来なら訪問販売でそれぞれの店などを周るのだが、今回は王都入り口から王城までの間にある噴水広場にて、のんびり休憩。
王都外からの行商などが露店を開いていて、そこそこに人通りが多い場所だ。もちろん、ここの露店は、王都商業ギルドに話を通して商売をしていて、場所代金も支払っている。
だからソウヤたち銀の翼商会は、ここでは一切商売はしない。商業ギルドに申請もしていないし、代金も払っていないからだ。その上でここで商売したら、商業ギルドの怖い人たちから立ち退きを要求され、下手すると王城に通報されて逮捕されたりする。
セイジが、それら露店を商売の参考に偵察し、ソウヤは広場の端にて、のんびり座って景色を眺めている。
他の面々は、アイテムボックスでそれぞれ作業やら修行をしている。
「意外と早かったな」
ソウヤが独り言のように呟けば、背後の茂みの陰に潜む者――カマルが声を出した。
「もう数日は、ここに来ないと思っていた」
「オレたちもそのつもりだったんだけどな。……魔族が動いた。人の通りが少ない辺境集落が、三カ所襲われた」
「何だと?」
賑わう王都住民らは、ソウヤたちの会話に気づいていない。冒険者スタイルの男が座り込んでいるだけにしか見えないのだ。
「うち二つは全滅だ。魔族連中は、人間の魂を手に入れようとしていた」
ソウヤは、魔族の襲撃の件、その仔細をカマルに知らせた。ジンの推測である、何か大きな魔法を使った儀式や、攻勢の前触れかもしれないというのも付け加えて。
「憂慮すべき事態だな」
「まったくだ。魔王をぶっ倒して十年だっけか。それだけ続いた平和ってやつがなくなるのは、元勇者として悲しいぞ」
ソウヤが、気のないぼやきで、周囲の目を引きつけないようにしていると、カマルも淡々とした声で返した。
「魔族が決起し、あの大戦の悪夢が蘇るようなことは回避しなくてはならない」
「ああ、勇者としての再登板はないのを願うね」
「同感だ。だがいざという時は、あの時のように手を貸してくれ」
「……」
「その沈黙は肯定と見なす」
カマルは、気にした様子もなく告げた。
――オレの性格をよくご存じだ。
さすがかつての仲間。人々の危機とあれば、黙っていられないのがソウヤという男だ。王国から魔族と戦ってほしいと願われるような事態になったとしても、頼まれる前に勝手に行動をするのが彼である。
「それでソウヤ。こちらからも一件、お前に連絡事項がある」
カマルが話題を変えた。
「カロス大臣閣下が、お前との会談を求めている」
――カロス大臣。
勇者時代、ソウヤにかなり便宜を図ってくれた人物だ。その人が会いたいという。
「……」
「個人的に難しいのなら、銀の翼商会と商談したい、とも言っていた」
「……商談ときたか。それなら、応えないわけにはいかないな」
お客のご指名とあれば、行ってやりましょうというものである。ソウヤはカマルに、了承を伝え、会う日時を調整するように頼んだ。
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