第128話、カイダとマーロ


 グラ村は、魔族の魔術師の張った結界に覆われていた。


 この結界はあらゆる者の侵入、そして脱出を拒む魔法だ。小さな集落とはいえ、全体を結界で覆うのは魔術師の力が優れている証明でもある。


 魔族の魔術師、トカゲ魔族のカイダは舌を覗かせる。緑色の皮膚、フード付きの黒の魔術師ローブをまとうトカゲ顔の女性魔術師だ。


「さあさ、大人しく家から出ておいでェ。じゃないと家ごとペシャンコよぉ!」


 巨岩が空から垂直に落下して、民家のひとつを押しつぶす。


「見事見事!」


 パンパンを手を叩くカイダ。その周りで慌てふためくは村人たち。悲鳴が木霊し、子供の泣き声が響く。


「あー、耳障りだァ! マーロ! さっさとその子供から魂を引っこ抜いておしまい!」

「はい、お師匠様!」


 答えたのはダークエルフの女性魔術師。名をマーロ。二十代前半とおぼしき女で、師であるカイダとおそろいの魔術師ローブ姿だ。


「はーい、お嬢ちゃん。静かにして、お口を開けてねぇ」


 マーロは泣いていた少女のもとに瞬時に移動すると、その子供の顎を押さえて、口を開けさせた。


「はーい、じゃあ魂をお口からバイバイしますからねぇ。大丈夫、痛くない痛くない――」


 直後、ドーンと激しい破壊音がして、少女の口に突っ込みかけたマーロの手が止まった。そして苛立ちを露わにする。


「お師匠様! うるさいです! 壊すのは向こうで――」

「アタシじゃないさね! マーロ! 魔法よぉ!」


 反射的に飛び退くダークエルフの魔術師。鋭い氷の塊が、少女の近くを通り抜けた。


「危ないわねぇ! 女の子に当たったらどうするんですかぁ?」

「当たらないわよ」


 マーロの目の前に、漆黒の髪を振り乱した漆黒の戦乙女が槍を手に迫っていた。


「そう計算して飛ばしたからね!」

「くっ!」


 たまらず魔法の障壁を展開。戦乙女の槍の穂先が障壁に触れて、マーロは攻撃を避けたが反動で吹き飛ばされた。


 何という馬鹿力!


 近くの民家に叩きつけられ、その藁葺きの屋根を貫通した。


 弟子であるマーロが吹き飛ぶのを見たカイダは激昂する。


「なによ、あんた! 人様の張った結界を壊してくれちゃったのはあんたァ!?」

「うるさいトカゲね」


 屋根の上に着地した漆黒の戦乙女――ミストが、魔族の魔術師を見下した。


「トカゲならトカゲらしく、地面に這いつくばりなさい」

「ムカー! アタシはトカゲはトカゲでもハイリザード! 最上級種族よぉ!」

「黙れ、トカゲ」


 バンっ、と威圧がすさまじいミストの眼光。中身はドラゴン。その種族ランクで見れば、トカゲ族など下の下である。



  ・  ・  ・



 時間は少々戻る。


 目の前の結界は侵入者を拒む。

 同時に逃げまどう村人の脱出も防ぐその結界。だがソウヤたちは、この結界を突破した。


 ソウヤがアイテムボックスから、マジックブレイカー――魔法を破壊するダガーを出して、結界に刃を触れさせたのだ。


 結果、結界は綻び、やがて打ち消された。


 マジックブレイカーは勇者時代の戦利品であるが、耐久力はさほどないので戦闘では使えない。が、こうした結界破壊には充分有効だった。


「ガル、お前は獣人化しちまうから、アイテムボックスに――」


 夜が迫る中、変身を危惧するソウヤだったが、時すでに遅く、獣人形態になったガルは、そのまま町中へ突進した。


 ――敵が魔族っぽいから、先走ってるのか……!


 村人たちは混沌の場にいて、ガルの姿に悲鳴を上げる。その一方、結界で立ち往生していた村人が、突然進めるようになったことで我先に村の外へと逃げ出していた。


「セイジとソフィアは村人の救助と護衛!」

「了解です!」

「わかったわ!」

「――銀の翼さん!」


 ソウヤたちの姿を見た村人たちが何人か駆けてくる。セイジとソフィアがそれらを保護する一方、ソウヤは、まだ遠いが、騒動の原因である魔術師を睨む。


「ミスト、先行しろ」

「任せて!」


 次の瞬間、ミストは漆黒の甲冑戦士姿に変身。大ジャンプと共に戦乙女は走るガルを追い抜き、魔術師に襲いかかった。


 ダークエルフを吹き飛ばし、もう一体のトカゲ魔術師――カイダが、何やらわめいているところにガルが到達する。


「ゲッ、狼男!?」

「貴様は魔族だな?」


 獣人姿のガルがショートソードを構える。カイダは鼻で笑う。


「ハン、あんただって魔族じゃないのさ!」

「黙れ、俺は……人間だ!」


 瞬時に距離を詰めるガル。その刃が魔術師の胴を捉え――次の瞬間、視界が反転した。


「!?」


 地面に叩きつけられたのはガルのほうだった。カイダは高笑いを響かせる。


「あっははー! あたしは魔術師だぁー! 腕力しかないおバカに踏み込まれた時のために、ちゃーんと備えをしているのさァ!」


 要するに障壁の魔法で攻撃を防いだのだ。だがカイダは、攻撃を受ける寸前、浮遊魔法をガルにかけ、彼が障壁に当たった瞬間、跳ね飛ぶようにカウンターを仕掛けていた。


「その障壁というのは――」

「むっ!?」


 ミストがカイダに迫っていた。


「どこまで耐えられるかしらー?」


 竜爪の槍をミストは突き出した。カイダはとっさに逃げた。障壁はガンっという激しい音を立てて砕かれた。


「だからァ! あんた何なのよぉ!? このあたしの魔法を正面から砕くなんて、信じられない!」

「跪け、トカゲ!」


 ドラゴンの威圧が発動した。ミストの眼光を正面から浴びて、カイダは数メートル、弾かれ、ひれ伏してしまう。


「な、な、なァー!!」

「お師匠様!」


 ダークエルフの女魔術師マーロが上空へ飛び上がる。


「さっきはよくもー!」


 ミストに火球の魔法が襲いかかる。その数、十数発! 


 しかしミストが槍を振り回せば、火球はすべて切り裂かれ、蒸発した。


「どうしたの小娘? その程度ぉ?」


 妖艶に、好戦的に、ミストはニヤリと笑った。

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