第129話、魔族 VS 白銀の翼
『強すぎるーぅ!!!』
師匠カイダ、その弟子マーロは同じ感想を抱いた。
漆黒の戦乙女――ミストに完全に力負けしている。
このままでは作戦どころではなく殺されてしまう――二人は、これまた同じ思いに囚われる。
――まだ充分に魂を集め終わっていないのに!
ここで撤退して帰れば、実行部隊の同僚に何と言われるかわかったものではなかった。
だがここで踏みとどまっては、おそらく漆黒の戦乙女に討たれる。生きて帰ることは不可能。せっかく集めた魂も無駄になってしまう。
魔王復活のための魂回収は、実行部隊の最重要任務である。ノルマを果たせないのはあってはならない。
再起を――カイダが言いかけたその時、嘲るような男の声が響き渡った。
「おいおい、クソ魔女コンビ! 何だって、こんなところにいるわけぇー?」
この、鬱陶しい声は――カイダは、声の主へと視線を飛ばす。
そこには白い仮面をつけた二人組が立っていた。
ひとりは大男。もうひとりは対照的に小男である。そして声の主は、小男のほうである。
「デ・ラ!」
「おう、トカゲババァ! ここはオレらの縄張りだってぇーの! どこかへ行きやがれ!」
「状況がわからぬか、デ・ラ! 今はそれどころじゃないのよっ! てか、いつからここがあんたの縄張りになったのよっ!?」
「今だ、今!」
デ・ラと呼ばれた仮面の男が吠えた。
「感謝しろよ、トカゲババァ。そこの美少女ちゃんの魂は、オレらで回収してやっからよ!」
「あらぁ、美少女ちゃんってワタシのことぉ?」
ミストは新手と思われる仮面の男たちを見やる。小男、デ・ラは仮面で表情こそわからないものの、笑ったようだった。
「そういうこった激ツヨ美少女ちゃん。ウヒヒ、さぞ、おたくの魂は美味なんだろうねぇ……! オラ、バルバロ! オレらでやっちまうぞ!」
「おう」
仮面の大男、バルバロは短く応じた。背中に下げていた巨大剣を抜く。デ・ラも両手に鎌を握る。草刈り鎌を二刀流にする姿は、どこかカマキリを連想させた。
「二対一だ! アマァ!」
「……いや、二対二だ!」
ガルが割り込む。デ・ラを狙った横合いからの攻撃だが、片手の鎌がそれを阻止した。
「あぶねぇ! 何だぁ、毛皮野郎! お呼びじゃねえんだよ!」
金属同士のぶつかる音が木霊する。
「そうなると、ワタシの相手はアナタかしらぁ!?」
ミストはバルバロに狙いを定める。槍を構え、突進――その一歩を踏み出した瞬間、強大な重力がかかり、ミストの動きが止まった。
「マーロ! 思いっきり掛けなさいなァ!」
「はいっ、お師匠様!」
魔女コンビが重力制御魔法をミストにかけて、その動きを封じにかかる。
「四対二だ! あたしら忘れるじゃないよ!」
「バルバロさん! いまのうちに、やっちゃってぇー!」
ミストに迫るバルバロの大剣。まるで断頭台の刃の如く、重々しいその斬撃は、フル装備の騎士の胴すら両断できるだろう。
重力によって縛り付けられたミストに、回避の余裕はない!
ガシィンッ――激しい衝突音。バルバロの大剣は、しかし振り切れなかった。ミストの前に斬鉄を構えるソウヤがいたからだ。
「オレの連れに何してくれるんだ、木偶の坊?」
「ぐぬっ!?」
仮面の奥でバルバロは驚いていた。自らの渾身の一撃を受けて吹き飛ばない者などいない。たとえ、斬撃を防いでも衝撃で吹っ飛ぶのが普通なのだ。
だが、目の前の男はまったく微動だにせず、バルバロの大剣の勢いを完全に防いでいた。
「三対四、だな!」
ソウヤが斬鉄を振り回す。その素早く、重い攻撃を、バルバロは正確に防ぐ。防ぐ! 防ぐ!
しかし、一歩ずつ、勢いに押されるようにバルバロは後退を強いられる。
「何者だ、貴様っー! この俺を後退させるだとーっ!」
バルバロが咆えた。ソウヤは冷徹に、敵の仮面の奥の目を射貫く。
「ただの勇者マニアさ」
「ぬんっ! 舐めるなーっ!」
バルバロの大剣、その刃が突然、轟音と共にチェーンソーの如く動き始めた。斬鉄の表面に激しい火花が散る。
「っ!」
――変なギミックを仕込みやがって!
おそらくロッシュヴァーグの作った斬鉄でなければ両断されていたに違いない。
「ソウヤ、後ろ!」
ミストの声にとっさに背後の気配に気づく。仮面の小男――デ・ラが鎌を振り上げて迫っていた。
「チェーストォォー!!!」
――クソがっ!
体が反応していた。向かってきたデ・ラのそのがら空きの胴体に蹴りをぶち込む。
「グェェーッ!」
小柄なデ・ラは吹っ飛んだが、前方のバルバロの勢いに押され、ソウヤもまた倒されてしまう。
バルバロが追い打ちをかける。しかしソウヤは素早く身を起こし、叩きつけられた剣を避ける。刻まれる地面、跳ねる土。
「ケッ、あと一歩だってぇーのによ! よくも邪魔してくれちゃったな、美少女ちゃん!」
デ・ラは身を翻した。
「まずはオマエから始末してやるーっ! 魔女コンビ! しっかり押さえてろよ!」
「ミスト!」
「させん……!」
ガルがデ・ラの前に立ち塞がる。しかし彼はすでにデ・ラの攻撃で胸にV字の傷を負い、血を流していた。
「死に損ないがよー! だったらオマエから殺してやんよー! って、おおっ!?」
横合いからファイアボールが飛んできて、デ・ラは下がる。
ソフィアだった。村人の避難をしていた彼女は、魔法カードを使ったのだ。デ・ラは唸る。
「ちっ、思わずあんな雑魚魔法をよけちまったぜ! これでもくらって大人しくしてなっ!」
デ・ラの目が一瞬光った。その光を直視したソフィアは、体が硬直してしまう。
「へへーん、金縛りってやつだ。後で料理してやるから大人しくしてんのよぉ? さあて毛皮野郎、もういっぺん、金縛りを受けてみっか!?」
鎌を構えるデ・ラ。
「ま。そこで一瞬でも目を逸らしたら、この鎌が切り裂いちゃうけどよぉ!」
ガル、絶体絶命!
だが、一陣の風が吹いた。
そこにいた誰もが、それに目を向けてしまう。
得体の知れない何かの気配。だが気にせずにはいられない大きなそれに、誰もが一瞬自分の行動を忘れて、視線を向けてしまった。
フードを深々と被った人間らしきそれが、ゆっくりとした足取りでやってくるのが見えた。
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