第126話、とある行商活動2


「――外が賑やかですな」


 村長の言葉に、ソウヤは苦笑する。


「ええ、お騒がせします」

「銀の翼商会さんが来てくださると、村に活気が出ますわい」


 七十代にも見えるラウガ村の村長は、ふさふさのヒゲを撫でる。


 こんな片田舎で、外見通りの年齢だとするとかなりの長生きだ。その姿も、どこか仙人のようである。


 ソウヤの元いた世界に比べて寿命が短いこの世界である。モンスターなどの脅威はもちろん、病気や衛生面で中世とそれほど変わらない。赤ん坊の生存率も現代のように高いとは言えないのも影響している。


 それはさておき、ソウヤは村長との商談を進める。


 村で必要なものをリストアップし、それをソウヤが受け取る。村人で話し合ってお金を出し合って購入するのは、備品だったり薬だったり。銀の翼商会で取り扱っている商品であれば、その場で売買し、なければ後日、仕入れて届けるのである。


「それで『武器』のほうはどうです? 傷んだりはしてませんか?」

「ああ、問題はない。この間、若い衆がグレイボアを仕留めたんだがね、大した武器じゃったそうな」

「村人に怪我は?」


 灰色猪が出たという。言ってみれば、普通の猪なのだが、やりようによっては大怪我どころか返り討ちになることも珍しくない。


「そちらも軽傷で済んだ。村の薬草で、快方にむかっとるよ」

「それは何よりでした」

「もっとも、銀の翼商会から借りた武器がなかったら、危なかったとも言っておったがの」


 村長は歯の少なくなった口を開けて笑った。


 現在、銀の翼商会は、田舎集落において、武器のレンタル業をやっている。モンスターが跋扈する世界である。村の外はどこに危険があるかわかったものではないが、出て行かなくてはならない用事だってある。


 そういう時の護身用に武器を貸し出しているのだ。通常、武器を購入するのは高くつくのだが、ソウヤは、レンタル代金だけ頂戴している。ちなみに一本、一カ月で銀貨三枚。紛失したら、弁償金を支払ってもらうという契約でレンタルしているので、転売は不可。……もしされたら、オトシマエをつけさせてもらう。


「銀の翼商会は、こんな田舎にまで足を運んでくれるから、助かっとるよ」


 村長は言った。


「冒険者ギルドもなく、近場の町のギルドへ行っては往復数日の道のり。冒険者を雇うのも難しいが、銀の翼商会で来てくれるからのぅ」

「ま、うちらも冒険者ですからね」


 冒険者ギルドには仕事が集まるが、遠方への出張依頼は、時間もお金もかかるから敬遠されがちだ。依頼するほうも、モンスターや盗賊が出る道中の危険を冒さねばならず、命懸けだ。


 だがそういう冒険者が地方に来てくれる、というのは、これまでありそうであまりなかったことだった。せいぜい引退冒険者がセカンドライフを送るために来て、用心棒まがいのことをする程度か。


 ソウヤは、行商と同時に冒険者である面も利用して、その村や集落で冒険者的依頼があれば、それを遂行した。ガルにソフィアと頭数が増えたから、以前よりできる仕事が増えるだろう。


 大抵はモンスター討伐だが、倒したモンスター素材は銀の翼商会で自由にしていいという話になっている。


「あー、そうそう。この間、回収した材木、よそで売れたので少ないですが、どうぞ」


 ソウヤは、村長に硬貨の入った小さな革袋を差し出した。


「いやいや、処分に困っていたのを回収してもらっただけなのに、銭までいただいて。かたじけない」


 安く仕入れて高く売る。商人の鉄則だが、ソウヤは村々を回ると、そこで不要とされる物や廃品を回収している。


 本当に使えないゴミはアイテムボックスのゴミボックスに投棄。余剰な材木だったり、石だったり、よそで売り物になる可能性があるものは保存しておく。


 所変われば品変わる。とある場所では、余っていても、よそでは不足しているから喉から手が出るほど欲しいこともある。


 問題は、その欲しい場所へ輸送する能力。徒歩旅が基本の世界で、運べる量など高が知れているので、それ以上の輸送と広い範囲をカバーできる銀の翼商会は、田舎集落に新たな金をもたらした。


 一通りの商談と、昨今の村の様子などを話し合った後、ソウヤとラウガ村の村長は握手を交わした。


「今後とも、よろしくお願いします」

「こちらこそ」



  ・  ・  ・



 商品リストを受け取り、冒険者業務についても確認したソウヤ。

 村長の家の前での商売もほぼ終了していた。


「終わった?」


 ミストが聞いてきたので、ソウヤは手を振った。


「おう。討伐依頼もないし、次の集落へ行くぞ」

「魔物退治はなしー? しょうがないわね」


 行商合間の、冒険者業務が本業みたいなミストである。敵がいないのでは仕方がない。


 皆で後片付けをしつつ、ソウヤはセイジと、売り上げを確認。村長宅での注文などを照合しつつ、調達の必要があるものを確かめる。


「まずまず、と言ったところですかね」

「ぼちぼちだな。いつもの如く、廃品を回収したら次へ移動するぞ」


 ソウヤが言えば、セイジは神妙な表情になった。


「僕らって、村に泊まったりはしないですよね……」

「そうさな。普通の行商なら、立ち寄った集落でお世話になって、ささやかな宴とかやるんだろうな」


 だが――と、ソウヤは言った。


「オレらがそれやったら、とても回りきれないぞ。……泊まりたいのか?」

「いいえ」


 セイジは首を横に振った。


「ただ、交流の時間は少なくなりますよね」

「……お前、好みの娘でもいたのか?」


 ニンマリとするソウヤ。セイジは慌てた。


「い、いえ、そんなんじゃないですけど。……宴とかで村の人と交流すれば、その村に必要なものとか見えてくるんじゃないかって思っただけです」

「ふーん……。それ、正しいと思うぞ」


 ソウヤは、村長宅の裏手の廃品置き場へと移動して、廃品と資材をアイテムボックスに放り込んでいく。


「本来の行商は、そうやって商品を厳選したりして商売するんだろう。どこで、誰が、何を必要としているのか……。それは商人としては正しいし、できればそうしたいところもある」


 しかし、ソウヤは頷かなかった。


「だが、オレらにはオレらにしかできないやり方がある。それはスピードだ。スピードこそ、銀の翼商会の武器だ」


 そこを重視する行商がいてもいいだろう――ソウヤは不敵に笑うのだった。

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