第125話、とある行商活動


 週に一回の行商巡回。銀の翼商会として、人が中々巡らないド田舎に行って行商活動をする。


 荷車付き浮遊バイクが来ると、手の開いた村人がやってくる。


 まず村長の家に行くが、ソウヤが村長と商談している間に、家の前で個々の村人を相手にした商売が始まる。


 ソウヤがいない間は、セイジが仕切る。彼は、ガルやソフィアに品の陳列や移動を指示する。


 ガルは文句も言わず指示に従うが、ソフィアはあからさまに嫌そうな顔をする。


「なんでわたしが……」

「これも修行よ、働きなさーい」


 荷車の上に座り、見張り役と称してのんびりしているミストである。それが貴族令嬢であるソフィアには面白くない。


「師匠ー、ずるいー」

「悔しかったら、魔法で物を浮遊させて移動させないな」

「むぅ……」


 ソフィアは口をへの字に曲げる。


「カードを使っても?」

「およしなさいな、もったいない。使ったら、おかず一品ナシね」


 自分で料理をしないのに、ミストは言うのである。しぶしぶ働くソフィア。


 そうこうしているうちに、村人が持ち寄った品と、銀の翼商会の商品の交換、または売買が始まる。


 持ち寄られた野菜や果物、狩られた獣の解体済みの肉などが、生活雑貨や、村では手に入れらない品と交換、売り買いされる。これらをセイジが、品の状態などを加味して取り仕切っていく。


 品の個数や状態、売買の記録、それらを当たり前のように帳面に記しながら、村人と商談を進めていく。


「はぇー……」


 ソフィアは、そんなセイジを見て感心する。


「セイジって、派手さはないけど器用よね」


 品を並べ終わったソフィアは、ミストと同じく荷車の上に上がって、様子を見守る。ミストは笑った。


「彼の独壇場よね。お金のやり取りは、彼に任せておけば完璧よ」

「師匠は、売り買いのほうは手伝ったりは?」

「ワタシは物に値段をつける習慣がなくてね」


 ミストは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


「人間の感覚というのはわからないわ」

「わたしもわからないかなー」


 ソフィアは、セイジが村人から受け取っているオレンジのような果物を見やる。


「あれ一個が幾らなのか、知らないし」

「場所によって値段はバラバラ。どこでも同じ値段で買えると思ったら大間違いよ」

「そうなの?」


 引きこもり貴族令嬢であるソフィアは目を丸くした。ミストはフフと笑った。


「だから、こういうところで仕入れたものを、より高く売れる場所へ行って売るのよ」

「へぇ……」


 頷くソフィアだが、そこでふと自分に向けられている視線に気づく。村の若い男たちがじっと見つめているのだ。


「な、なに……?」

「外から来た美少女は、刺激が強すぎるのよ。ワタシも最初に来た時は、それはそれは注目されたものよ」


 ミストは、隣のソフィアにもたれるように密着した。遠巻きに見ていた男衆が、何やら赤面している。


「こういう田舎の若者は、同じ村の異性と付き合って結婚するものらしいわ。だから、ヨソからきた異性には、ドキドキしてしまうものなのよ」

「……うわぁ」


 ソフィアが引いている。無骨な田舎者は、お気に召さないようだった。


「何も男だけじゃないわ。今回は、若い娘も――」


 ミストの視線を辿れば、村娘たちに取り囲まれているガルの姿があった。


「昼間は美形なのよね、彼」

「……うー」


 獣のように唸るソフィア。とても面白くない光景だった。何故だかわからないが。


「……あなたも、イケメンに発情したの?」

「はっ、発情!?」


 思いがけない言葉に、ソフィアが狼狽える。それはつまり、ソフィアがガルに好意を抱いているという解釈ができるわけで――


「なんでそうなるのよ! わたしは別にガルのことなんて、どうとも思ってないわよ」

「あやしぃー。動揺して、可愛い」

「動揺してない!」


 ソフィアは周囲に見られていると思い視線を走らせたが、そこでとある視線に気づき、指さした。


「そこ! わたしは動揺していないんだからねっ!」


 セイジだった。商売の手を止めて、荷車を見上げている彼の視線が痛く、ますます恥ずかしくなっていくソフィアだった。


「そ、そ、それより、あ、あなたはどうなの、師匠。ソウヤとはどうなの?」

「どうって?」


 ミストがキョトンとする。真顔になって返されると余計に言葉に詰まるソフィアである。


「だ、だから、付き合ってたりは、しないの……?」

「うーん、ワタシとソウヤは相棒。まあ、愛してはいるけれど、ワタシと彼ではねぇ。子供できないし」

「こ、子供っ!?」


 ソフィアは、狼狽ぶりが激しい。ミストは、そんな彼女の顎に手を当てた。


「ひょっとして、あなた、ソウヤを狙っているとか?」

「いや、ないないない! だってあの人、わたしより十以上も年上じゃない!」


 年齢差がある以上、恋愛感情は持ちにくいとソフィアは思った。もっとも貴族の社会では成人男性が幼女くらいの年頃の娘を嫁にとるというのは珍しくなかったりする。年の差婚は割と普通にあるのだ。ただ、個人的にどう思っているかは、別の話である。


「それだったら、まだセイジやガルのほうが――」

「へえ……。あなたはどっちが好みなの?」

「どうして、そう聞くかなぁー! ……だから、そこ! こっち見んな!」


 セイジやガルの視線に耐えられなくなり、ソフィアは荷車の反対側へと避難する。ミストは「あらあら」と笑う。


「ほら、セイジ。お客様を待たせない。ガル! 若い娘とイチャつくのは後にして、仕事仕事!」


 銀の翼商会の行商活動は続く。

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