第124話、ソフィアの魔法


 魔法を使えるようにする、そのためにトレーニングをする、と意気込むソフィアだが、それができれば苦労はないわけで。


 彼女の体にかけられた魔力を制御することを困難にする呪いのせいで、こと魔法に関して、ソフィアの不自由は続く。


 とはいえ、まったく駄目というわけではなく、魔法カードに頼らない魔法を、ソフィアも覚えた。


 自らの吐息を利用したトーチ――指先に吹きかけ、ロウソクに火を点ける火属性の魔法と、自らの背中方向に炎を放射することはマスターしていた。


「ガル先生、何かコメントをどうぞ」


 ソウヤが、暗殺者の青年に振れば、彼は淡々と答えた。


「どちらも実戦向けではないな」


 トーチ程度の火では攻撃能力はほぼなく、後ろ向き火炎放射など、どう使えばいいのかさっぱりだった。


「肺活量よ! 肺活量っ!」


 ミストが吠えた。


「あなたの吐く息に含まれる魔力が少ないなら増やせばいいのよ! もっと大きく息を吸って吐くの!」


 ――ミストはああ言っているが……。


 ソウヤの脳裏に、サーカスで火を吹く男が浮かぶ。不意をつくのにはいいかもしれないが、射程は短すぎるし、隙も大きいから技にするのは向かないと思う。


「ミストも、指導者としての化けの皮が剥がれてきたかもしれない」


 所詮はドラゴンである。人間の魔法とは、また違う社会で形成された技を使う。そもそも、呪いというハンデがあるソフィアには、いかにドラゴン流の指導でもできないことはできないのだ。


「参考にはなる」


 ガルがそんなことを言った。


「おかげで、俺も、口から火炎を吹き出す魔法を使えるようになった」

「マジかよ!?」


 ソウヤはビックリしてしまう。このイケメン、何気に珍妙かつ新たな攻撃手段を会得したらしい。


 ――狼男って火ぃ吹けたっけ?


「それはともかく、他に何かあったっけ? ソフィアの魔法発動に使えそうなもの」

「血」


 ガルが、自身の指先を切るような仕草をとる。


「血液中の魔力を触媒にする方法がある。だがこれは、魔法カードを使うのと同じだから、カードがあるなら、血を使う必要はない」

「カード自体が純粋な魔力だもんな……」


 つまりは、以前と何も変わっていないということか。


「そういえば……」


 思い出したようにガルが言った。


「まだ完全ではないが、ソフィアは新しい魔法に挑戦していたぞ」

「ほほう……?」


 ぜひ聞きたいね、とソウヤは促す。


「無地の魔法カードがあるだろう?」

「ああ、何の魔法も込めない魔力だけのカードな」


 それに魔法文字を刻んでオリジナル魔法を使うなど、バリエーションを増やそうと考えていた。使用者の魔法イメージを注ぎ込むことができるので、従来のカードより威力や効果、範囲など調整ができる。


「あれを自分で作れるようになった」

「……それって、ミストがカードにしていたのを、ソフィア自身でできるようになったってこと?」

「そうだ」


 ガルはそこで眉をわずかにひそめた。


「ただ、彼女は魔力を制御することが不十分だから、魔力の塊としてのカードを作るだけだ。そのカードに何かしら魔法が発動できるように仕込むことはできないらしい」

「それで無地の魔法カードね……」


 だが、シートスが欲しがっていたカードではある。自分で魔法文字を刻んだり、変換させてカスタマイズしたいという人間には、打ってつけではないか。


 ――作り方は教えずに、普通に無地のカードを販売するのはありかもしれないな。


「彼女の背中から、無数のカードが吹き出す様は圧巻だった……」

「なにその、トランプマジックみたいなヤツ!」


 手品師の帽子から、トランプが噴射されるような光景が、ソウヤの脳裏によぎった。美少女が集中して、その背中からカードをたくさん飛ばす――シュールだ。


「基本的に、形になるのは発動の一回だけなんだ。カードを作れるようになった、とはいったが、要するに、火とか水とか雷だったりは、背中の一部からは普通に出る。それと同じだ」


 背中から放つという特異な体質である点に目をつぶれば、一応、魔法を使っているわけだ。それができるようになったという部分は、成長と評価してもいいのではないか。


「その派生で、武器などを背中から出せないか、思案中らしい……」

「あの娘、どこに行こうとしてるんだよッ!?」


 魔法を使えるようになるという気持ちはわかるが、ソフィアがおかしな方向へ向かっている気がする。背中から武器を生やすとか、ハリネズミか? それでいいのか、ミスト先生!?


「いっそ、投擲武器を出して、それを投げさせるか?」


 もう魔法でもない気がする。飛ばした武器を遠隔コントロールできれば……無理か。飛ばしたものを魔力で操れれば、それは立派な魔法だ。だが今のソフィアにはそれはできない。


 ただ、できることが増えているなら、それは成長していることではある。その道も平坦ではなく、さらに呪いというハンデが重くのし掛かってくるのだが。


 意欲はある。頑張っているのもわかる。呪いを解けるような大魔術師を早く見つけてやりたい、とソウヤは思った。


 問題は、誰を当たればいいか、まったくわからないところだ。有名な魔術師にあたればいいのか。少なくとも、エアル魔法学校にいるシートスですら、誰がという部分で指名できなかった。


 それもこれも、魔術師の秘密主義のせいだ。有名だが、世間からひきこもっている魔術師ほど、己の魔法を隠すものだから、誰が、どんな魔法を使うかの全容を把握するのは、同じ魔術師でも不可能なのだ。


 ――有名魔術師っていうと、ソフィアの実家もそうなんだよなぁ……。


 でも当人は近づきたくないとおっしゃっている。これは何か、別のところで探すしかないかもしれない。



  ・  ・  ・



 ソウヤはミストと、魔法カードの商品化について話し合った。


 やがて戦場で活用される兵器に進化するかもしれない、という推測もあるが、当面は開発のほうだけは進めておこうということで決着がついた。


 同時に、ソフィアが作れるようになった無地の魔法カードを、シートスなどの一部の魔術師に売りつけて、カードの可能性をテストさせることにした。


 範囲を絞っての、商品化である。これでルートさえあれば、ソフィアが独立した時の副業くらいにはなるだろう。

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