魔王を討伐した豪腕勇者、商人に転職す －アイテムボックスで行商はじめました－

第120話、素材があるなら、あとは作るだけでしょう

　エンネア王国王都に行く。

　ソウヤは早速ロッシュヴァーグ工房に赴き、依頼のあったミスリル鉱石を届けに行った。

「ずいぶん早かったのう」

「加工前のものだ。加工してこいって言うなら、出直すけど、鉱石のままでいいなら安くしておくよ」

　ソウヤが、ミスリルタートルから採取したミスリル結晶を見せると、ロッシュヴァーグは品定めを始めた。

「加工前のものでええぞ。インゴットに加工するにしても、人間の職人よりドワーフの職人のほうがいいのでな。……こいつはどこで手に入れたんじゃ？」

「ダンジョンさ。ミスリルタートル」

「はっ、おぬし、あの魔銀ガメを狩ってきたのか」

　ドワーフの名工は腹を揺すって笑った。さほど驚かないのは、ソウヤが勇者で魔王を倒した経歴ゆえだ。

「それじゃあ、注文以上に在庫を抱えておるな？」

「ああ、必要だったら言ってくれ。それと、こちらの個人的な頼みなんだが――」

「おう、魔族が何か企んでおるかもしれんという話は、古い友人に知らせてやったぞ」

「あー、それもだが、そうじゃなくてだな――」

　――そうか、前に頼んだ件は果たしてくれたのか。ありがたい。

　暗殺組織ウェヌスに魔族が暗躍していたこと。他にもきな臭い動きが見られるという話を、ロッシュヴァーグがつけてくれていたようで、ソウヤは感謝した。

「別件で、うちの仲間に、ミスリル製の武具を作ってもらいたいんだ。報酬はミスリルで。どうだ？」

「構わんぞ。おぬしらは、うちのお得意様じゃからのう」

　ロッシュヴァーグは快く引き受けてくれた。

「で、具体的には、どんなものが欲しいんじゃ？」

「本人たちに考えさせたから、直接聞いてくれ」

　オーダーメイドという形になるだろうから、当人たちの意見も反映してもらいたい。……その分、お高くなるのは間違いないが。

　全身鎧のオーダーメイドが、乗用車一台分のお値段になるとか、元の世界で聞いたことがあるが……。本当かどうかは知らないが、武具は高級品であるという認識は間違っていない。

　報酬はミスリルだが、はてさて――

　ソウヤは、セイジ、ガル、ソフィアを呼び、それぞれの希望をロッシュヴァーグに聞いてもらった。

　セイジはサブウェポンとしてダガー、あとは胸甲や腕、足を守る防具を所望した。

　ガルは、ショートソードを一本。防具の類いは頼まなかった。昼夜で体のサイズが変わるため、防具は魔法カードに頼ることにしたらしい。

　そしてソフィアだが、少々難儀した。というのも、実家にいた頃は戦場というものをまったく知らず、どういう防具があるのかまったく知らなかったからだ。

　武器に関しては、家から持ってきた魔法杖があるが、そもそも武器の訓練などほとんどしていない彼女である。

　だから事前に考えたが、よい案は浮かばなかったらしい。

「一応、ミスリル製の杖でも作っておくか？　予備になるし、ミスリル製なら敵をぶん殴るのにも使える」

　ソウヤが提案すれば、セイジやガルもそれぞれ言った。

「ローブを着ているから鎧は難しいけど、腕と足を守る防具は付けられるんじゃないかな？」

「いっそバックラーもいいかもしれない」

「そうですね、ミスリルなら軽いでしょうし」

　同意するセイジに、ソフィアが口を尖らせた。

「なによ、わたしが重いとでも言いたいの？」

「そんなこと言ってないよ！」

「なんでそうなる？」

　男たちは、トンチンカンなことを言い出したソフィアに奇妙なものを見る目を向けた。

　何やかんやあったが、話がまとまる。防具組はそれぞれ、体のサイズを測って、こしらえる装備の最適な大きさを割り出していく。

　とはいえ、すぐに完成するものでもないので、必要な資料が揃ったなら後は工房に任せて、ソウヤたちは退出した。

「ソフィア、これからエアル魔法学校に行くけど、お前、来れる？」

「え？　ああ、前に言っていたが呪いを診るって話ね。わかったわ」

　彼女にとって断る理由もない案件である。

　他の面々には自由時間を言い渡し、ソウヤはソフィアを連れて、王都エアル魔法学校に向かった。

　　・　　・　　・

　シートス教官を訪ねて、エアル魔法学校へ。

　門番――先日とは違う人だった――に、面会状を見せたら、すんなりシートスを呼んでくれた。

　そして学校の敷地内へ。さっそくソウヤはソフィアを紹介するが、彼女は名前だけ名乗り、家名は伏せた。

　――たぶん、グラニスカ家の人間と名乗るのが恥ずかしいんだろうなぁ……。

　まだ魔法が満足に使えないソフィアである。グラニスカの名前を出した途端、名門魔術師の家の出ということで否が応でも注目を集めてしまうだろうから。

　呪いについて調べ物がしたいので、学校の図書館へ向かうが、その前に。

「ソフィアの呪いについて、診てもらえますか？」

「ええ、医療系の教官と魔術師に声をかけてあるので、呼べばすぐに来てくれるでしょう」

　シートスが頷けば、ソフィアが途端にニッコリと笑みを浮かべた。一瞬、その笑顔に呆けるシートス。

　――美少女に耐性がないのかな、この教官。

　ソウヤは邪推する一方、学校の図書館に通される。担当の教官を呼ぶために、シートスは一度席を外した。

　待っている間、ソウヤは先日の調べ物の続きをする。相変わらず、自習している生徒がいて、静かな雰囲気が漂っている。

「ねえ、ソウヤ。わたし、本を見てきていいかしら？」

「いいぞ。……で、お前なんでフード被ってるの？」

　室内だというのに、それまでしていなかったフードをしているソフィア。わずかに覗く素顔で、拗ねた表情が出た。

「……ここ名門校だもの。魔術師の家系の子も多いわ。知り合いに見られたくないのよ」

　何でも、実家が貴族なので晩餐会も、それなりに開いていたらしい。魔術師関係の参加者が多く、当然ながらその家族も来ていたという。ソフィアと同年代の子は、この学校に在籍している者もそこそこいるとのことだ。

　――そりゃ、絡まれたくはないわなぁ。

　魔法の使えない落ちこぼれ、なんて、格好の苛め対象である。見つかれば、嫌味のひとつ二つは間違いなく浴びせられるだろう。ソウヤも、そういう不愉快な場面はお断りだった。

「でもフードしていたら、余計目立つじゃないか？」

「素顔をさらすよりはマシよ」

　ソフィアはそう言い残すと、魔法関連書物を見に奥へと入っていった。そんな彼女に肩をすくめつつ、ソウヤも調べ物を開始する。

　高い本棚に囲まれた図書館は広く、本棚の影など死角も多い。だが窃盗対策は完全らしく、図書館の外へ持ち出したりすると警報が鳴って、たちまち警備に捕まるのだそうだ。

　――アイテムボックスの中に入れたら、どうなるんだろ。

　思ったが、さすがにそれはただの泥棒なのでやらない。

　魔術本を眺めていると、唐突に気配を感じた。

　それは、突然背後に現れ、ソウヤのすぐ近くから声を発した。

「動くな」