第121話、カマル
「あのさぁ、行きなり人の背後に出て『動くな』はなくね?」
ソウヤはゆっくりと振り返り、口元を歪めた。
「カマル」
「……久しぶり、というべきなんだろうな、ソウヤ。いや――」
マントを外套のようにまとう男――カマルは手にしていたナイフを、手品のごとく消した。
「元勇者殿」
「……お前さぁ、再会したのに武器抜くとか、正気かよ」
ぼやくソウヤに対し、カマルは静かに微笑んだ。
二十代半ばに見えるが、おそらく現在三十。意外と大柄で、細く見えるがその服の下は中々マッシブな肉体をお持ちだ。大昔の英雄をモデルにした彫像のような印象を与える男だが、これで諜報畑の人間なのが世の中わからないところである。
「わかってはいたが、確認しておく必要があったのだ。お前が本物のソウヤなのか、勇者の名を騙るニセモノなのかをな」
平然とした顔でカマルは言った。
「……ん? わかってたが、と言ったか?」
「言った。それがどうした」
「わかってるのに、本物かニセモノか確認するのかよ? それ必要ない確認じゃね?」
「フフフ」
「ふふふじゃねーよ!」
「ソウヤ、ここは図書館だ。お静かに」
「おっとすまねぇ……」
反射的に謝ったのは、場所を考えてのことだ。図書館では静かに。これは鉄板。
「それで何をしにきた? ここの教官や職員ってわけじゃないんだろ?」
ソウヤの勇者時代は、魔王討伐の仲間として共に戦った。彼は王国の諜報員だから、連絡やら偵察活動で、しばしば別行動をとっていたが、仲間であるのは間違いない。
ロッシュヴァーグに古い友人に、とソウヤが頼んだ相手に、このカマルも含まれている。
「もちろん、ここの教官でも職員でもない。ちなみに、ここにいることを学校の者は誰ひとり知らない」
「それ、不法侵入って言うんじゃね?」
ソウヤは呆れる。それを素知らぬ顔でやってのけるのが、このカマルという男であり、腕のよさの証明でもある。
「お前に用があったから来た。最近、何かとお騒がせな事態が多くてね」
「……魔族か?」
ソウヤが目を鋭くさせる。カマルは首を横に振った。
「それもあるが、一番はお前の存在だ、ソウヤ」
「は?」
まさか自分の名前が出るとは思わず、ソウヤは目を丸くした。
「何でオレが?」
「巷で噂になっているだろう。勇者の名を騙る商人が現れ、ヒュドラを退治した云々――王国が気にしていないと思ったか?」
「……あのさ、勇者を騙るって人聞き悪いんでやめてくんね?」
「事実だろう? 公式では、勇者ソウヤはすでに故人だ。その名を使い、商売しているとなると、騙ったといっても過言では――」
「世間じゃ勇者マニアであって、オレは勇者だと公言してないぜ?」
本人を装うのと、別人だと公言しているのとでは大きく違う。……もっとも本物が別人と名乗るのはおかしな話ではあるが。
「そのあたりの確認もしなくてはならなかったのでな。実は以前より、お前たちの行動は見させてもらっていた」
「マジかよ……」
全然知らなかったソウヤである。
かなり前から王国からは目をつけられていた。ヒュドラ退治の知名度アップは、当然、お上の耳にも入っていたということだ。
「それで、上の連中はオレたちをどうしようって言うんだ?」
わざわざカマルを送りつけてくるのだ。何の用もなく、彼が現れるはずがない。
「何も。お前が王国に刃を向けることがない限り、手を出さないことが決まった」
「……そいつは何よりだ」
放っておいてくれるのなら、ソウヤにとっても都合がよかった。
勇者の扱いについては、魔王討伐後、不穏なものがあったと聞いている。英雄が政治に絡むのを恐れ、排除しようと考えていた者もいたらしい。
十年の月日が経ったお陰かはわからないが、手を出されないなら、それに越したことはない。
「お前、国に復讐しようなどとは考えていまいな?」
「オレを殺そうとした奴がいた話か? その時オレは昏睡していたからな。別に恨みはねえよ。そういうの込みで、オレらのことを見ていたんだろ?」
「見ていたよ。だが本心までは、さすがに当人でなければわからない」
カマルの事務的に言った。
「お前が商人になったのは復讐のための軍資金集めと情報収集ではないか、と推測もできるわけだ」
「シャレにならねえな。言いがかりもいいとこだ」
とは言いつつ、そういう見方もできなくはないから、ソウヤは怒らなかった。カマルは探るような目を向ける。
「お前が商人をやっているのは、アイテムボックスの中の者を救うためか?」
「ああ、ずっとあのままというわけにもいかないからな」
魔王討伐の旅で傷つき、その命の灯火が消えかけている者たち。まだ死んでいない。それを助けるのも、魔王を討つ戦いにおける勇者の旅の宿題だと思っている。
「そうか……」
カマルは、小さく首肯した。
「こちらでも、何か掴んだら知らせよう」
「ありがたい」
いま必要なのは情報だ。
「なに、礼には及ばん。お前も、魔族の件をロッシュヴァーグを経由して知らせてきただろう?」
ロッシュヴァーグは、きちんと役割を果たしたということだ。
「今後、魔族の動向には王国も注視するだろう。魔王で終わったはずの因縁が再燃すれば、来るのは悲劇と暗黒だ。それは絶対に避けねばならない」
「同感だ」
「ついては、魔族について何か情報を掴んだら、こちらにも教えてくれ。商人なら、その手の話も早いだろう」
情報収集は、商人の基本。商売をする上で、小さなことでも、変化には聡くなくてはいけない。
「わかった。その時は知らせるよ」
「結構。それで、今後の銀の翼商会のことだが――」
「おいおい、オレたちには『何も』しないんじゃなかったのか?」
王国が口を出してくるなら、話が違うとしか言いようがない。ソウヤは身構える。
「なに、深く介入しない代わりに、こちらも仕事を依頼することもあるという話だ。銀の翼商会は冒険者グループでもあるのだろう?」
「王国の子飼いになれってことか?」
ソウヤは思わず顔をしかめた。カマルは肩をすくめた。
「あくまで依頼だ。王国の手の届かない場所の視察や、危険な敵対魔獣などの討伐――元勇者殿でなければこなせない仕事をやってもらいたいというわけだ。もちろん、相応の報酬は用意する。あくまで依頼だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「……仕事ね」
「必要な時に緊密な連携がとれるのは、いいことだと思うがね」
カマルは自信ありげに、そう言うのだった。
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