第118話、即時討伐対象モンスター

 ミスリルタートルはデカい。


 大の大人の数倍の高さがあるが、これは甲羅の上のミスリル結晶も含めてで、それでもかなりの威圧感がある。


 特徴は、とにかく硬い。その装甲をぶち破るなら城門を破壊する破城槌などの攻城兵器が必要だろう。だがその十数人がかりの突撃でも、数発は耐えてしまうだけのタフさがある。そもそも破城槌だと、微妙にミスリルタートルの顔面の高さに届かなかったりする。


 ソウヤは斬鉄を担いで、ミスリルタートルの進路上に立ち塞がる。ミスリル結晶を背中に生やした大亀は、平然と進み続けてソウヤを踏みつぶす構えだ。こういうデカいやつは、自分より小さな存在を何とも思っていない。人が蟻を気にしないのと同じだ。


 すっとソウヤは呼吸を整える。そして地響きと共に近づいてきたミスリルタートルに肉薄。ジャンプして、渾身の一撃を、ミスリルタートルの顔面に叩きつけた。


 首がもげた。


 地面に突き刺さるようにミスリルタートルの頭が激突する。地響きが止まった後、分断された首から遅れて血がドバドバと流れ出た。


 ソウヤは斬鉄を担ぎ直す。見守っていた者たちの反応は人それぞれだった。


 ミストはニヤリと笑みを浮かべ、ソフィアは「ウソ?」と目の前の光景が信じられないようだった。セイジは開いた口がふさがらず、ガルは表面上の反応は薄かったが、いつもより目を見開き、彼なりに驚いていた。


 頭を失い、固まっているミスリルタートルを、ソウヤはさっさとアイテムボックスに収納した。


「これで、ロッシュの希望するミスリルは充分回収できるな」


 細かな解体は後にするとして、目的を達成したので帰ろう。


「ちょ、ちょっと待ってよ、ソウヤ」


 ソフィアが近くにきて、声を張り上げた。


「あ、あんな大きなモンスターを、い、一撃で!?」

「落ち着け」


 やんわりと言うソウヤ。ソフィアは目を回した。


「落ち着け、ですって? だってあの亀、ドラゴン並みに硬くって、魔法も効かないバケモノなんでしょ!? でも、あなた、たった一発で――」

「まあ、正面から叩いたら、何発が耐えるかもしれないって思ったからな。思い切ってジャンプして上から叩いたら、うまくいったよ」

「上からって……そうじゃなくて! えー、もういいわ。何なのよこの人」


 微妙に噛み合っていなかったようで、ソフィアは頭を抱えた。ニヤニヤしながらミストがやってくる。


「さすがね、ソウヤ」

「オレももう少し手間取ると思ったんだけどな。まさか頭が取れちまうとはなぁ」


 正直予想外だった。頭を抱えていたソフィアが振り返る。


「師匠ぉー、これ、さすがの一言で済ませちゃっていいの……!?」

「いいんじゃない」


 ミストは何も疑問に思っていない。ソウヤがかつて魔王を倒した勇者であることを知っている者からすれば驚くに値しない。


 未だ受け入れられないソフィアに、セイジが告げる。


「ソウヤさんは、ヒュドラを退治した人だし……」

「え、ヒュドラを!? ソウヤが?」


 落ち着かせるはずが逆にビックリしている。ソウヤは首をかしげる。


「あれ、知らなかったっけ?」


 てっきり知っているものと思ったが、そう言えば話していなかったかもしれない。


「まあ、どうでもいいけどな」

「いいの!?」


 細かいことはセイジにでも聞いてくれ、とソウヤは周囲を警戒しつつ歩き出す。


「ソウヤ、ひとつ聞いてもいいか?」

「なんだ、ガル?」


 元暗殺者の青年は、ソウヤとは逆の方向を警戒しながら言った。


「いつも、こんな調子なのか?」

「いつも、とは?」

「ミスリルを手に入れる、という時は、普通なら手を出さない魔獣を狙い撃ちにして、仕留めるのか?」

「うーん、まあ、その素材がとれる魔物とか、退治対象ならついでに討伐してしまおうってのはあるな」


 ソウヤは視線を向けた。


「何か気に入らないことでも?」

「ミスリルタートルというのは、危険な種族なのか、俺にはわからない」


 イケメン君は表情ひとつ変えずに言った。


「ただ生きて、鉱物を食っているだけだ。それをミスリルが欲しいからという理由で殺していいのだろうか?」

「動物愛護の精神か? 意外だな」


 ソウヤは素直に驚いた。周囲に対して淡々とした青年だから、てっきり動物やモンスターのことなど、どうでもいいと思っているのかと思っていた。


 ――ひどい偏見だな、オレ。


 苦笑しつつ、ソウヤはガルの疑問に答えることにした。


「確かに、ミスリルタートルは、ちょっかい出さない限り、襲ってくることは滅多にない。人間を喰うこともないしな。ただ、自然のまま放置しておくと、環境に影響を与える厄介な面もあるんだ」

「厄介な面?」


 ガルが、セイジへと視線をやった。うちの物知り先生は、小さく笑った。


「ミスリルタートルって発見したら、即討伐対象なんですよ」

「そうなのか?」

「鉱物をどんどん食べてしまうので」


 セイジの答えに、ガルは首をかしげる。


「鉱物を食べるだけで、討伐対象なのか……?」

「ミスリルタートルが一匹減ると、ダンジョンで採掘できる鉱物の量が増えると言われる」


 ソウヤが補足する。


「ミスリルタートルが鉱物を食べると、ダンジョンがその減少した鉱物を補充するから、鉱物がなくなるということはないんだけどな。だが、ミスリルタートルが生息しているのが、ダンジョンの影響力が強い奥のほうだからな。そこばかりに資源が集中してしまうと、表層近くへ回される鉱物に変化する魔力が減る。必然的に、採掘量が少なくなるという寸法だ」


 つまるところ人間の都合なのだ。ダンジョンは、モンスターがいる危険地帯である一方、鉱物も比較的豊富だ。だがさすがに凶悪なモンスターが多くなる深部には採掘業者は近づき難い。


「そこで魔力循環に影響を与えているミスリルタートルを減らすと、表層近くにも魔力が送られて、鉱物の埋没量が増えるってわけだ」

「……魔力が回ると鉱物化する。ダンジョンの環境は複雑怪奇だ」


 ガルはしきりに首を捻っている。


「しかし、即時排除対象と言うと、あの大人しいミスリルタートルは絶滅してしまうことはないのか?」

「忘れたのか? あれでもドラゴン並みに倒すのが難しいモンスターだぞ」


 ソウヤは苦笑した。


「ミスリル欲しさに狙っても、仕留められないんじゃしょうがない。討伐対象になっても個人やグループではほぼ無理。大集団を組んで、色々準備して、なんて色々面倒だからな」


 ――それにあいつが大人しい? 地面を掘りながら鉱物を喰ってるとこ見てみ? 結構怖いぞ。


「それを個人で倒しちゃう人がここにいるんですけどー」


 ソフィアがジト目を向けてきた。肩をすくめるミスト。苦笑するセイジ。

 ソウヤはポリポリと頭をかいた。

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